「花束」も、想定の範囲内。ラストで結ばれない設定はもったいないとは思うけど、女性の踏ん切りの良さがある以上、復縁はなかなかに難しかったとみるべきだろう。
さて、今日の本命である、パトレイバーの劇場版を初鑑賞と相成る。それも4DX版で、だ。

館内は、おっさんホイホイ。ソロ女性が一人と、カップル二組。残り20人足らずは全員ソロ男性だ。平均年齢は当然50歳前半。20代・30代は本当に数えるほどしか来なかった。

私のパトレイバー遍歴は至って普通である。OPを歌唱していた笠原弘子の楽曲「未来派LOVER」に惹かれ、「コンディション・グリーン」もレパートリーに入っている。当時のアニメーションとしては中の上程度。それでもまあ血道を上げられた部類だと思う。
→音源はあんまりクリアではないけど、ツベ動画でどうぞ。
2014年に始まったリブート版である実写・短編版は、意地になって7タイトル全て鑑賞、その流れで2015年GWに公開された長編「首都決戦」も鑑賞。その後に出たディレクターズ・カット作まで網羅したのだ。

実写が世に出た当時「うわ、これ、パト2そのままやん」という声があったことも承知している。もちろん、パト2で革命的なテロ行為をした首謀者である柘植行人の名前は、前半に少しだけ、後藤田が面会したという設定になっていて、その柘植イズムを継承した人物が今回のことを企てたことになっている。
実写がパトレイバーの完全終焉を前提に作られたものであるとするなら、今回観たパト2も、後々につながる作品というよりは、南雲と後藤の後始末回、のような側面が大いに描かれている。

この作品が浮き彫りにしたのは、首謀者である柘植は、果たして悪なのか、を考えさせる点にあると思っている。彼がやりたかったのは平和ボケした日本に喝を入れることであり、そのためにテロまがいのことをしているだけで、本人は悪いことをしているとは微塵も思っていないそぶりがある。
やり方が思いつかず、革命的にしかできなかった不器用さ。しかし、そういった不満や不安は日本のそこかしこに内在し、知らず知らずに膨張している。それがどういうきっかけであれはじけることはないと言い切れるのか?「万に一つ」という言葉も何度か出てきたのだが、今の社会情勢だって何かのはずみで起こったものだ。そこに警鐘を、アニメーション・架空の機体を使って鳴らすことができるのが押井守監督だと思っている。
90年代。押井氏の作家としての全盛期といってもいいこの時代の作品だから、切れ味は鋭いし、長台詞も相応に説得力があるし、何よりそれを語るのが、竹中直人なのだから、いやが上でも重厚さが増す。柘植がなぜその道に入ろうとしたのか、が語られなかった部分は少しだけ減点だが、当時としては有無を言わせぬ作画/動画/エフェクトの数々は古さを感じさせない。ファーストインプレッション97点は動かさないが、やはり現在の美麗な作画には後塵を拝してしまう。
4DX部分は、いろいろと工夫もしてくれているのだが、やはりファンのうるささは消しようがないのが残念だ。