多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

ひとりごと

車いすおばさん考 世間に対する敵対心を造成させたのは誰か

とあるコラムニストさんのブログが物議をかもしている。
いまだに擁護派・憤慨派に分かれた論調は続いているし、とうとう本人も「中傷はやめて。そろそろ幕引きにして」とSOSを発信するまでになってしまっている。

端緒となったブログそのものは、本人のページからは削除された模様だ。
→それでも、その記事をもとにした論調はちょっと探せば出てくる。J-CASTニュースから
当方は、まずもって、同じ立場に立ち入れないうえに、本人でもないし、いろいろ彼女の心情を慮ることも難しいとみている。その上で、この書き方をしたことの根底にあるものは何か、を探ろうと思ったのだ。

まずタイトルからして振るっている。
「JRで車いすは乗車拒否されました」。
ほほうっ!天下のJRが、障がい者にそんな対応をしやがったのか!と、タイトルだけしか読まない人なら思っても不思議はない。ところが読んでいくうちに小田原駅での丁丁発止、乗換駅の熱海駅の駅員の尽力が伝わってくる。そう。彼女はちっとも「乗車拒否」(拒否という言葉をどうしても使うとするなら、「介助拒否」「来宮までお供できない」である。そして「出来ない」ことを理由に拒否もできる)されていないし、目的地には到着しているし、なんだったら、帰りには到着駅に駅員はスタンバイしていたこともわかっている。

コラムニストさんだから、タイトル命、読んでもらうには煽情的に書いたことは理解している。しかし、書いたことと結果とは大きなずれがある。0か100かくらいの大きなものだ。書いていくうちに気が付いていたかもしれないが、「乗れているのに乗車拒否はおかしいな」と思っている感じもない。
当方の私感ではあるが、タイトルをそのままにしたのは、「初期対応のまずさ」が彼女の心を大きく傷つけている、「目的は達成されても心情的には拒否する気満々」だったと(本人が)感じたからタイトルとして残したのではないか、と思うのだ。これなら一応のつじつまは合う。

そうなってくると、最終的には感情論にならざるを得なくなり、意見が真っ二つに分かれてしまうのだ。さらに傲岸不遜な物言いだったという小田原駅でのやりとりの模様がツイートされたり、過去のとんでもない事案も暴露されるなど(夢の国子供料金入場は過去の武勇伝で、時効になっているとはいえ)、これまでの"業"が自分にマイナスに作用してしまう。
彼女がこういう態度や行動に出なければならない「本当のところ」を知らないと、簡単に糾弾も批判もできない。それは、先天性の病気で歩行もままならない、マイナススタートの彼女の持つ心の闇がそうさせているとするしかない。

彼女のブログの筆致からは、自分をよく見せようという脚色は感じられない。「してもらって当たり前」「障がい者様のお通りじゃ」というストレートな物言いがひしひし伝わってくる。世を恨み、周りに当たり散らす。傍若無人な駅のベンチに靴ごと上がって寝転ぶ自分の子供たちの写真を嬉々として挙げる時点で、自分たちは特権的で何をやっても許される、障がいを理由になんでも拒否することは許さない、という明確な意思を感じ取るのだ。
彼女は当然障がい者を代表していない。だから「電動車いすに乗ってる奴みな自己中」と考えるのはおかしな話だ。しかし、彼女のせいで「面倒くさい人たち」「クレーマー」という意識を社会が持ってしまったことも事実である。無関係なほかの、善良で問題を起こそうなんて考えていない障碍者も同じ目で見られ、相互理解が進まず、さらに世間に対して憎悪の念を増幅させる。

分断の連鎖を断ち切るのは、いまだにJRの対応に疑義を唱える本人の意識改革しかないと思うのだ。「人は一人では生きていけずに誰かを求めてしまう」とは、当方が一時期お熱を上げていた某声優の歌う名曲の一節なのだが、支えられているという感覚が彼女にはないのかもしれない。心まで障がい者になってしまっている彼女は、何かと戦っているただただ痛い残念な人のままで人生を終わらせるつもりなのだろうか?

とあるツイートに対する考察

つぶやきが、一つの考察を生むことは往々にしてある。
少し古いが、今回、私が一つ議論したいと思ったつぶやきがこれである。
ゆずれもん先輩さんのツイート

この短文が提起する問題点はかなりある。
.▲縫瓠璽拭爾蚤海人は、アニメーションを趣味としている人の方が少ない
▲▲縫瓩髻嶌遒襦廚海箸函峺る」「消費する」ことが同意義にとらえられている
「好き」だからで勤まる業界ではない

アニメーターといわれる人たちの大半が、「職業としてのアニメーターを切望した」という人よりは、「なんとなく」「食べられればいい」的な、アニメ好きではない可能性が高いといっているのだ。この文面には少しだけ驚いている。
↓の視点からは、時々取材もしていたし、実際現場を見てきたことがあるから、十分に理解しているつもりだったのだが、「じゃあ、実際のアニメを支えている人たちは何をよすがにその仕事をしているのだろう?」という部分は気になるところだ。

それを補完するかのように、ベテランアニメーターのツイートも話題になっている。
中野彰子さんという方。

結局は「職業に貴賤なし、働き方に区別なし」ということになるのだろうか。
アニメ好きのアニメーターがいることも間違いないし、食べるために好きでもないアニメ絵を描いている人もいるだろう。ただ、ベテランでもある方がこういっていただけるだけで「仕事の進め方って、どの業種・業界でも一緒じゃんか」と再認識するに至った次第である。

2021.1.17 二度目のコミトレも収穫一杯 「こみっくトレジャー37」参加報告

ツイッターで一番親交を深めるほどの付き合いになっているのが、彼、「スーパーゆかり」氏(twitter HN:@yukarin_super) だ。
ダイエーの歴史本を作るから、さぞかし中年っぽい、と思われるかもだが、まだ就職して一年目=23歳前後なのだ。
これが指し示すことは驚きの連続である。つまり、
・ダイエーが衰退しているさなかに物心つき、尚且つ研究対象にした(商業施設全般な彼だが、特にダイエーだけは店コードで会話できるほどの猛者)
・この手の人にとってはバイブル、といってもいい「ダイエーグループ35年の記録」本を持っている(一番いい時代のころを知っている)
・かなりハードルの高い同人誌を作成するための交渉術などを兼ね備えている。

という点である。
緊急事態宣言は後出しだったが、1/17に開催されるこみトレに出店の有無を問い合わせたところ、「出す」とのこと。実は、「是が非でも出したい」という思いが本人のブログにしたためられていた。
私自身は「確かにダイエーにとってはターニングポイントだからな」と感じていたので、売り子兼店番を今回も快諾。前回同様、大阪港で途中下車して「すきや」で朝ご飯を食べて万全を期す。
これまでオンタイムで来たことのなかったゆかり氏は今回は待ち合わせ時間通りに現地着。だが、重そうなダンボール箱を持っている。理由はすぐに知れた。今の勤務地が、豪雪に泣く富山であり、集荷も、出荷も無理だ(正確には着日指定ができなくなっている)といわれたのでやむなく手持ちしたのだという。
キャスター付きのカートやスーツケースにしてもよかったのに、というのだが、「帰りは遅くなってもいいから配送してもらうし」ということで手持ちを選んだのだそうだ。でも、40冊近い本+展示用の資材は軽く見積もっても10キロ強。
しかも、緊急事態宣言の発出は出店者側にも異変が訪れていた。当方が所属したイブロックは、開場時点で半数も埋まっていない惨状。しかも、ウブロックとの端境にある一列は、うちのサークルしか出店していないというスカスカぶり。「こんなんで売れるわけない」。来店客がいてナンボの同人誌頒布会。絶望という文字がよぎる。しかも、今回、当方のサークルは、こみトレの中でも異例の「完全キャッシュレス決済」にチャレンジしたのだった。決済できるのは一般クレジットに交通系のIC。何ちゃらPay系と、現金をお断りにした。この手の頒布会はまだ現金主流。それを曲げてでもキャッシュレスにしたわけだが、クレカもてない層を排除しているようで心苦しかった。もっとも、主催の意志なので仕方ない。
果たして11時開場。いつものように開場前から壁サークルには待機列ができているのだが、このからくりがいまだによくわからない。
それでもぽろぽろと来店客はやってくる。一瞥して喰いつく客は4割程度、見本誌みる人は3割だが、購入に結びつかない部分もある。今回は山積み作戦にしたのだが、これが功を奏したのか、午前中で当初予算の5冊を突破する。残念至極は、現金オンリーで、他の支払い手段のない一人のお客さんがなくなく買えなかったこと。
そして、閉場間際、奇跡の一冊が売れて、なんと、前回の初出店時と同様の10冊がお手元に渡ったのだった。


前回のコミトレ初参加時のコメントにこんな文言がある。
 この後の通販での売れ行きにワンチャンをかけたいところだが、この調子では、在庫が掃けるのは何年先だろうか?

ところが、話を聞いていると、BOOTHに送った在庫50冊は、1/18で完売(頒布会までで44冊も出ていたそうだ)、頒布会での20冊も合わせると、70冊以上。私としてはちょっと信じられない数字である。
実は今回の頒布会のさなかに「次」の製作を模索する会議みたいな話し合いも持った。そこで提案したのは「あの店舗は今」。ダイエーの過去店舗はイオン系に移ったものも含めて300店舗以上あり、その大半がほぼ取り壊されず現状維持をしている。だが、大和田・相模原のようにマンションの1Fに入るパターンや、住吉や香里のように、そこにスーパーがあったことすら忘れ去られている場合もある。
「そこに店舗があった」は、ノスタルジーを感じさせるし、何より現状把握にもつながる。今度は写真中心の構成にもなるわけで、どこまでを第一段にするか、悩んでいるところである。
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