多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

レポート

2019.10.6 ジョーカー 鑑賞記

私が予告編を見て「これは絶対見なきゃ」となる作品はそうそうない。
「おっさん」も「かぐや」も、浜辺嬢が出ているからというだけで見ようとした「アルキメデスの大戦」も、外国映画で言えば、「ペット2」や「スパイダーバース」なんかも結局見ずじまいである。

だが、初日から見たいと思わせる予告にビビッとくる。ジョーカーも、生まれながらにして悪党ではなかった。ではその「誕生」の影に何が潜んでいるのか。紐解きたい、見てみたいと思わせるに十分だった。

さて、いきなり得点である。
97点をツイッター評でつけさせてもらった。
この作品の評価の大部分は、主演であるホアキン・フェニックス氏の笑いの演技に対してである。病的な笑いをここまで昇華できる俳優がどれだけいるだろうか?私は、泣きの演技が一番難しい、と信じて疑わなかったが、彼の時々で見せる笑いの質の変容さを見た時に、この演技を越えられる役者が今後出てくるかどうか、というレベルの衝撃を受けた。
要するに俳優の演技を見る映画、ということも言えるわけだが、そこに至る様々なメッセージもビシビシ突き刺さってくれる。
長い階段を上って自宅に向かうさまは、苦難が続いていくことを暗示し、テレビ出演に浮かれるアーサーが踊りながら階段を下っていくシーンは、すべてのものから解き放たれた感情とすでに何物にもとらわれなくなった(養母も嵌めた同僚も亡きものにしてしまった)ことが起因していると考える。
ただ意見が分かれるのが、自己防衛のため以外の殺人シーンだろう。自分以外のものが信じられなくなって義母を殺し、銃を持たせてくれたはずなのに今の現状を作り出した同僚を殺し、そして笑いもの以上の辱めを与えたMCを血祭りにあげる。銃を持ってからのジョーカーことアーサーの変容ぶりが奇異に映った人も多いだろう。
だが、銃は人を変える。自分を大きく見せる。そしてジョーカーは、力が人を変えると悟ったからこそ、悪の道に邁進していったのだと思う。

アーサーがジョーカーにならずに済んだ分岐点はいくらでもある。だが、それでも彼はジョーカーにならざるを得なかったのだ。もし彼がならなくても誰かがジョーカーになっていただろうし、そうなる運命にゴッサムシティはあったといえる。
血も涙もないジョーカーの性格は後に肉付けされたものではあるが、こうして前日譚、誕生秘話的なものを見てしまうと同情と同時に「彼を生まずに済んでいたのではないか」と思う、政治の停滞ぶりを嘆かずにはいられない。
日本でもいつ起こってもおかしくないジョーカーの誕生。それを押しとどめられるのかどうか?

2019.10.1 HELLO WORLD 観賞記

毎月恒例の「一の市」って某スーパーではないが、「一日は劇場」という体になってしまった。
そんな中にあって、公開間もない「HELLOWORLD」は、アニメーションであることもさることながら、グラフィニカの2DCG、岩浪氏の音響、そして何よりも、実写「キミスイ」のコンビが復活となれば、行かない手はない。

9/20公開で、2週目。ところが、当方もそこそこ期待していたのに興収は案外。舞台あいさつに近いイベント様のものも不発だったようである。
10/1の当該作品も、時間帯が20:50開始ということもあるのだが、それほど目いっぱいに入るわけでもない。3割強の50人程度、男性ソロはそこそこいたが、意外にもカップル比率は高かった。平均は40代前半。男女比は
男性優位、と言った感じだ。
理屈ばっかりの奥手な堅書に、とっつきにくい感じの一行。こんなカップルが成立するはずもなかったのだが、10年後の未来から来た、もう一人のカタガキが、二人をエスコートしていく、というストーリー。
実際予告の段階では、「二人は同じ時間軸に存在している」と思っていたのだが、カタガキは、アバターとして、2027年の京都に存在し、実体は見えない状態。アクセスできるのは堅書だけというシステムと作劇が理解できないと、この作品の面白さや奥深さはわからない。
この時代の京都そのものがデータ化された存在で全員がデータであるという荒唐無稽な設定は、だからこそ、タイムスリップという旧来の時空を扱う作品とは違う「未来の意志だけを伝える」アバターという存在に置き換えることができている。
実際、ここに出てきていて、主要な人物は実質この三人。それでここまでの作品が作られるのである。
もちろん、凡庸に感じないわけではない。例えば、「グッドデザイン」という一種の無敵アイテムが備わった堅書は、修行の成果を見せつけるものの、結果的に修復システムとの対峙には敵わないものだった。
さて、そうなってくると、「アバターのはずのカタガキがあのシーンで死ぬ」という設定は何なのか、ということにもつながる。いろいろつじつまが合わなくなっている中で、ラストシーンで「おいおい、それってどういうことなのか」となったのは言うまでもない。

それでも、岩浪氏の音響は「参りました」とツイッター評でも書いたくらい鮮烈なものだった。そして、浜辺嬢/拓海君の二人に関して言えば、浜辺嬢の、序盤の長台詞に少しイラッとした程度で二人とも及第点。カタガキ役の松坂桃李も役作りに成功しておりなかなかうまかった。作画も動きもこれぞCGといえるものだし、京都の街並みの再現度もなかなかすごかった。
このラストは、どう表現したらいいのか。ややもやもやっとはするが、なかなかの良作だったと評したい。
94点と採点。全体的に玄人好みであり、突き抜ける爽快感までに至らなかったところがあった。




PVまとめ 2019.9 いつぶりかの3000台復活。

まずは結果である。

2019.9月度     3276PV

私の解析記事を読まれた後の感想などが全く投稿されておらず、肯定も否定もされていないのはちょっと悲しかったりするのだが、それでも、どうしても書かなくてはならなかった「海面上昇が降水だけでもたらせるのか」に着目した解析記事は相応の効果をもたらしてくれている。
そこからを入り口にして、当方の解析魂に火が付いた「君の名は。」関連記事も散見するPVを戴いていた。

何より一番驚いたのは、ほぼ作成が止まっている「ダイエー店舗訪問」カテゴリー記事の意外なほどのブラウジングぶりである。
2019.9.30、京橋と所沢(0235/0351・どちらもイオンに移管済)の閉店日が重なったことも、当方のブログに立ち寄っていただくきっかけになっているように思う。

さて数値の上では、3000PV台を記録したのは、いつからか、と思ったが、2018.11に、当方のすべての記事をブラウジング(一本一本丁寧に見ていただいた)された方のおかげで約4000(3981PV)記録して以来のことだった。
もちろん、今回は特異なデータではなく、きっちりとした閲覧を戴いてのものである。3桁記録は13日を数えたし、9/1−4まで4日連続3桁。ちょうど「天気の子」も動員が佳境に迫りつつある時期だけに、何かヒントはないか、と思い当たって当方のブログにたどり着いた人も結構多そうである。

10月もスタートダッシュには何とか成功。解析記事が若干滞っているので、これを仕上げていくことをメインにしたいところだ。
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