多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

訃報

仕方ない、で割り切れない。

人の生死は、本当に避けて通れない。
そして、その死があまりにあっけないもの…急性心不全なら、なおさらである。

一本の訃報記事で、思わず目を疑った。
それがこちら。突然のリンク切れもありますのでご了承を・・・

何しろ、66歳である。
それこそ信長が舞った「人生50年…」は、戦国時代なればこそ。今の平均寿命が男性ですら80歳代であるのだから、その平均より大きく外れての死去は、正直驚きでしかない。

大杉漣氏といえば、渋い役どころのバイプレイヤーと言うよりも、バラエティや、ロケ番組で見せる、演じてない自然体の応対や立ち居振る舞いの方が印象に残っている。
それだけ、普通にしていることが感情に訴えるのだから、役者として演じた時とのギャップがものすごくいい味を出すのだ。
それは、これまた故人になってしまったが、松方弘樹氏も同様であった。彼がバラエティで一躍名をはせたのは「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」での笑い上戸な一面。あのこわもてのスター俳優の持つ別の顔が白日の下にさらされて、むしろ、人気が不動のものになったともされる。

それにしても。
人に寿命があるとは思うし、その時までしか生きられない、とわかっていたら、いくらでもやりようがあると思うのだが…深夜の急性心不全では、なにもできなかった、というのが実際だろう。
彼の享年から考えても、私の残された時間は16年。ウム。果たして、その時間で私は何を成し遂げ、なにを残し、なにをできないまま後悔することになるのだろうか…今はただ、迫り来ている死というものを微妙に考えさせられてしまっている。それだけ、彼の死去というニュースは重みを持って私をとらえて離さない。
故人の今までの功績と、人懐っこい笑顔を脳裏に刻みつつ、合掌。

死して名を残す声優がどれほどいるのか…

これまで、当方も、幾人の訃報に接し、そのたびに色々とコメントをこのブログでしたためてきている。

人の死ははっきり言って避けられないし、一寸先は闇、である。これまで著名と言われる声優氏の死去のニュースに接してきたのだが、基本、主役を張ってきた富山敬氏や山田康雄氏、内海賢二氏や永井一郎氏と言った脇役主体の人であっても「ああ、あの人を当ててた人じゃん」となって、一気に喪失感が充満することなってしまう。

そんな中にあって、また一人、名脇役でもあり、一度聴いたら忘れられない、特徴ある声の持ち主が、一人、鬼籍に入ってしまわれた。

ドラえもんシリーズのジャイアンと言えば、あの世界観の中では、ガキ大将、暴れん坊として書かれる半面、親に対しては一転、従順で、叱られると青菜に塩のごとくになってしまうという、いまどきの子供にはないキャラクターである(昭和40年代には、こういう、粋がった「ガキ」と言ってもいい子どもはそこらじゅうにいた。それがヤンキーの源流であり、更生しなかったものが暴走族や今でいう半グレ→暴力団に進化していく)。
そのジャイアンの、暴君ぶりをこれでもかと体現し、ストーリーを盛り立ててきた、声優・たてかべ和也氏が80歳の天寿を全うされたのである。

もちろん、今現在、すべてのキャストが大転換されており、サザエさんの波平役・永井一郎氏のように、旅先で急死→差し替え間に合わずしばらく放送→ようやく代役選定 というあわただしさはなく、これからも、放送自体は何事もなく続いていくことだろう。
しかし、長年培ってきた「看板」をかけ替えることに当時は猛反発もあった。ただ、全体的に「寂寥感」はあったものの、担当していた声優諸氏には、「やりきった感」は感じられる最後のインタビュー映像がYoutubeにアップされていた。→こちら(元画像がもう一つですが勘弁)


残念なことに、画像で初めて顔を見て「この声の人ってこんな顔だったんだ」となってしまうのが声優の悲しい性。今でこそ、やれCDだ、コンサートだ、はたまた映画やドラマだと、顔バレできてナンボの商売になりつつあるわけだが、著名声優ほど、顔出しで出演することは今まで避けられてきていた。むしろ「声がパスポート」であるかのように。
彼の功績は、ジャイアンばかりではない。昭和を代表するいろいろなアニメーションに精力的に参加。ど根性ガエルのゴリライモ、ヤッターマンのトンズラーなど「ああ、あの人」と想いを新たにした人も多かろう。

虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。主役級でなくても、死去したときに、名前が出てくるのが芸能人。しかし、今の声優業界では、「芸能人/声優です」と胸を張れる人はいったいどのくらいいるのだろう。ブームに踊らされ、特徴のなさ過ぎる声ばかりで、誰がやってもさほど変わらなくなってきている配役に、たてかべ氏レベルの、印象付けさえできていない状況で、「○○さん、死去」とニュースにしてもらえるのかどうか…。今の声優に求められているのは、没個性ではなく、とんがった、特徴ある唯一無二の特性なのではないか、と思わずにはいられない。

彼を偲んで、やはりこれでお送りしたいと思う。合掌。

そこで「時」が止まる。

5月後半も、有名/著名/芸能人など、各界の方々が鬼籍に入った。

特に私を震撼させたのは、先月、ガン公表と舞台降板を声を振り絞って記者会見した今井雅之氏であり、胃がんだったとはいえ、それほど体調不良に感じさせなかった漫才コンビの一人・今いくよさんである(くるよさんは、太い方ですので、お間違えなく)。

お二人に共通するのは「ガン」。消化器系のがんは、やはり、転移や劇症化が激しいのだろうか、特に今井さんの場合、自衛隊出身だったこともあるのだが、がたいのいい、ちょっとこわもての風貌からの、激ヤセに生気を失った声、顔色…。だれの目にも「あ、これ、アカンやつや」と映ったに違いない。

とはいえ、早期発見できていれば、余命生存率も上がるとされるガンだが、発生したタイミングが若年層だと、進行が速いともいわれる。今井さんは50台、いくよさんは60台後半。そういえば、昨今はあまり話題にもならなくなった妻騒動の渦中の夫・やしきたかじんさんも、ガンだった。

「トラは死して皮を残し、人は死して名を残す」とは有名なことわざだが、今の時代、一種残酷なことだが、生前のVTRが大切に保存されている。そこには、在りし日のあの人が、まさにぴんぴんした状態で映像として残っている。

私の中で、いつも「時が止まっている」と感じるのは、毎年のように放送される『美空ひばり忌』の模様である。NHKを中心に、歌う姿や映画出演のワンシーンを交えて、振り返るものだが、そこにいるひばりさんは、いずれもあの日のまま。年も取らずに見ている我々だけが加齢していく。懐かしさを感じると同時に、「今生きておられたら、どんな歌声を披露されているだろうか」とか、「全盛期に亡くなって老いさらばえる姿を見ずに済んでよかった」と言った、いろいろな感情が支配するのである。

「死」は時を止める。しかし残されたものは、止った時を振り返るばかりではなく、前に向いて歩かなければならない。
…そう書いて、ずいぶん前に見たちょっと感動するFLASHを思い出してしまった。説明は要らないでしょう。見て、在りし日のあの人たちを笑顔でお送りいたしましょう。合掌。
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