多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

「君の名は。」

2020.7.23 塚口サンサン劇場一日チャレンジ 「君の名は。」鑑賞記

塚口サンサン劇場の特別音響上映の成果を知っているものからすれば、作品ごとの調整は言うに及ばず、どこに特化するかをきっちりと見極めているところにあくなきまでの探求心を見出すのだ。
だから、本当のことを言えば、19日の日曜日に行きたかったのだが、実に2年ぶりのダイビングを予定に入れてしまい撃沈。と思ったら、7/23の海の日の休日が利用でき、しかもその日がラストとなれば、行かないで済ませられるわけがない。
塚口一日チャレンジの原動力になったこの作品。51/52回目を見るわけだが、まあ、その微に入り細に渡る調整の数々はあの!! レジェンドたるキチ縄氏をもうならせる見事なものだった。

爆音で感じた、開始1秒で感極まることはなかったにせよ、その言葉の端々や音楽だけを盛り上げる微細な調整、あの「ギーーーーン」音ですらそのときどきで表情を変えてくるから面白いし、びっくりする。
何といっても彗星落下時の音響は、「ここだけは聞いてやってください」とスタッフが言いたげな渾身の調整。あの10数秒は劇場でしか味わえないし、何だったら、すべての鑑賞の中でも一二を争う出来であるといっても過言ではない。

クライマックスもそうだが、やはり、瀧の慟哭はいつ聞いても泣かされる。彼が追い求めたものは、ただの「あいつ」ではなく「君」であり、「三葉」だったのだ。
「お前は、誰だ?」
文字にした自分のノートの落書きと同じ言葉をつぶやくこの伏線効果。トシキに言われるそのセリフと、中2の時に自分が放った「誰、お前?」ともリンクする畳みかけのマジック。脚本の妙がこういったところにも表れる。
映像に音を合わせた本作。だからそのシンクロ度が半端ないのと同時に、魂を揺さぶられるのだ。音に特化したからこそ感動が止まらなくなる。当然の結末といえるだろう。

52回目鑑賞前に、ついに!!!
レジェンドたるキチ縄氏とエンカウント。ツイの中でも絡みの多い氏だけに、一度ご尊顔は拝しておきたかった。びっくりするほど「オタク」とは縁遠いただのシンカイヤーであり、ユアネイマーであったことの驚きが上回ってしまった。
新宿ですっぽかされたことを覚えておいでだったこともびっくりだ。まあ、彼の中でも申し訳なさがあったからこその想いだったのだろうか。あそこまでの投資をして君縄鑑賞部屋を作り、全国を飛び回れるバイタリティーには脱帽だが、そこにあったのは「この若さですべてが叶えられる財力と時間の余裕」を感じさせたところだった。

2020年7月23日。ただの「海の日」だけで終わらない最良の一日になったことは間違いない。


2020.6.21 4本固め鑑賞 初手は節目の「君の名は。」

依然旧作でスクリーンを埋めなくてはならない状態は続いている。
それでも、その旧作たちのラインアップに苦心している興行主も結構いる。面白いのはいわゆる鉄板コンテンツの多いTOHO系。「君の名は。」「天気の子」といった作品とは早々に決別し、今現在は「PSYCHO−PASS」や4Kにアップデートされた「AKIRA」を上映したりしている。
本記事を書いているさなかでも100数十館で上映されている「君の名は。」。あの名作がいまだに見られる僥倖に浸れるのもそう長くはなかろう。

前日のヒトカラオールから2時間弱の仮眠を経て、勇躍OSシネマズ ミント神戸に降り立つ。だが、午前中からすでに閑散とした状態。結局ソロ4人にグループ5人の9人/すべて男性という属性で幕を開ける。平均年齢は、グループが30代前半だったこともあり、30代中盤まで。

50回目の節目の鑑賞は、またしても、涙腺の調子がよすぎて、たびたび決壊する事態にあいなった。今や、オープニングの「多分、あの日から」あたりからおかしくなってくるのだ。普通なら前半30分は捨てシーン的でもあるのだが、手の内に入っているだけでなく、やはりあの二人がどうして恋仲になっていくのかを饒舌に説明しなかったことが大きいとみている。
「あんた今、夢を見とるな?」
このフレーズの持つ神秘さに最近になって気が付くほどたった一言に秘められた意味と理由が重くのしかかる。
瀧入りの三葉が自転車をこぎ出すあたりから、そろそろとおかしくなり始める涙腺。「あのさぁ、あんたの名前?」この何の気なしの中学生の瀧の呼びかけ、そして、自分の名前を告げるときに上気した高校生の三葉。3年前にムスビが完遂していたことを我々は知り、そして「5次元での邂逅」までひっぱられるのだ。

目の前の三葉に驚き、ほっとした表情を浮かべ、そして「よかった」と安どする瀧。この芝居が、今鋭意製作中のアメリカ版の実写で再現されているかは注目してみたいところである。
カタワレ時がそう長くないことを利用したあのペンが落ちるシーンは、瀧の慟哭を引き出す舞台装置として完璧だった。だから、我々も彼に感情移入してしまう。何度も書いているのだが、神木氏はほとんど素のまま(少なくとも泣くという感情は見せず)演じている。だからストレートに響くのだ。

すべてにおいてエンタメにもなっているし、劇中で号泣できる作品はそうそうないのだが、登場人物になりきってしまうほど感情移入させられたのは後にも先にもこの作品しかない。のべつまくなし泣こうと思えば泣ける作品。こんな作品をスクリーンで見られることは幸せでしかない。

2020.5.31 一応の本命 「君の名は。」 49回目鑑賞記 

実に2か月近くの劇場閉鎖。正直このまま興行界は消えてなくなるんではないか、と思ってしまったくらい衝撃的な時間だった。

私的には、一つの"祭り"の意味合いのあった、ドリパスの、君縄+天気の子の一気見企画上映に参加できなかったことが悔やまれてならなかった。もちろん、料金は返金されたし、別の機会にまた参加すればいいだけのこと。しかし、今回のコロナ騒動が、図らずも「旧作を見てください」となった時に「君の名は。」と「天気の子」がそろい踏みするという事態が訪れたのだった。

当然狂喜乱舞すること甚だしい。『すみっコ』を終わらせて、その足で2作品とも購入に至る。

さて、49回目。
すでにレジェンドたる「キチ縄」氏は劇場鑑賞回数500回を高らかに宣言なさっていたわけだが、(記念ツイはこちら。尚、プロフ欄には503回って書かれている)当方も負けず劣らず、氏の1/10くらいは見ておかないと、というよくわからないライバル心のようなものが芽生えてきて、座ることになったわけだが。

私が言うまでもなく、この作品は、いろいろなものを私に教え、もたらしてくれた。
私に「解析」という本来持っている属性を解放させたし、それ以前に映画鑑賞という趣味までもたらせた。感情移入とは何か(演じてしまいたくなるほどに成りきる)、音楽と映像のマッチング、レビューを書くことで感情の吐き出しができる……
映画を見るだけでここまで"遊べる"とは思いもよらなかった。そして何といっても、泣ける、笑える。感情の発露が正しく行えるから、精神衛生上もすこぶるいい。
何度あげたかわからないが、
「映画にはまだ、こんな力があるんだと教えられました」
(監督本人の言葉)
「私は、いや、日本国民は、とんでもない作品に巡り合ってしまったのかもしれない」
(2016.12.16 鑑賞記の末文)
この感想しか思い浮かばないのだ。

2020年。
遂に私の中での「永世名誉一位」がこの作品になった。もちろん、それまで王座に君臨していた「火垂るの墓」の持つ写実的な描写、何といってもほぼ素人を起用し、それがちゃんと清太と節子が演じられている奇跡というものは今後起こりえないといっても過言ではない。
だが、すべての面に手当てし、それがお互いを相乗効果のようにさらなる高みに押し上げ、「演じたくなる」作品というものは、そうそうみられるものではない。
50回目が目前に迫る中、その記念をどのタイミングで見るべきか?今ちょっとした期待と不安が渦巻いている。
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