多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

すみっコぐらし

2020.5.31 自粛明け一本目に選んだ理由 映画すみっコぐらし 3回目

実に2か月近くの劇場閉鎖。正直このまま興行界は消えてなくなるんではないか、と思ってしまったくらい衝撃的な時間だった。

それでも、何とか復活したことを素直に喜ぼうと思い、マイシネコンの一角であるOSシネマズ神戸ハーバーランドに訪れる。
だが、日曜日、一応、自粛直前にかけていた映画たちも上映されているとはいっても、旧作がほぼ半数を占める状況。そんな中、名作の誉れ高いこの作品からスタートしたのには意味がある。

それは、「泣きの感情がどうやってくるか」を確認したかったからである。
この後に控える大本命と、対抗。実際、試運転に近い状況だからこそ、お手軽で、尚且つ満足度の高いこの作品を選んだのだ。

3回目に嬉々として向かう当方。当然、上下正装で赴くのだが……
当方と、女児を連れたお父さんの3人二組だけ(´・ω・`)。
決して悪い時間帯ではないのだが、需要と供給、話題になった時でないと映画って見られないものなのだな、を再認識する。いくらヒットしていたからといって時期が外れれば、見向きもされないのだ。

一通り笑って、「みにくいアヒルの子」ではなかったひよこちゃんの出自が判明してから、元の世界に戻ろうとするシークエンス。おばけが一足早く元の世界に戻った時のお花で気が付けばよかったのだが、やはり元に戻っていくときに花が花びらと化して散っていくさまを次から次に見せられて、どうしようもなくなっていく。
ここのシーンの芳醇さ、気高さ、綺麗なまとめ。実際3分程度のパントマイムでここまでの感動できる脚本って、どんだけすごいんだ、と思わずにはいられない。

エンドロールで、物語の中に同化した一同がひよこに駆け寄る/ペンギンが泣きながらいの一番にひよこに逢うシーンを見せられるだけでもうお腹いっぱいである。確かに本来ありえない、物語から逸脱したただの落書き。そのひよこにストーリーを作ることは果たして正義か、といわれるとなかなか難しい。しかし、わずかにつながった一同が、本の中だけとはいえ「なかま」を標榜したのだから、この演出は無理筋でも何でもないと思っている。

心を落ち着けて退場しようとすると、女の子がものの見事にぐずっている。「あ、理解してくれたんだ……」胸をなでおろして退場する。

2019.12.1 新年度トッパシはこれ 「すみっコぐらし」2回目鑑賞記

一年に一度の「映画の日」。ほぼどんな作品も1000円で見られるという大盤振る舞いデー。言わずもがな、2週目に当たっていた「アナと雪の女王2」も対象である。
そうなると、入れ込みにも期待がかかるわけだが、結果的に恐ろしい実績が達成され、データ所得サイト史上最高値を記録した模様である。

当初の予定は、「シネピピア」での天気の子→決算!忠臣蔵 ルートからの、別の一本→梅田行き としていたのだが、盛大に寝過ごしてしまう。
この二本を外さず、さらに話題作が見られる場所はないか、とブラウジングして見つけたのが、イオンシネマ三田ウッディタウンだった。
スケジュールも、すみっコ→忠臣蔵→天気の子 が無理なく見られる絶妙の時間割。さすがにすみっコぐらしは往時の勢いも衰えつつあるようだったので、一切予約せずに劇場に突撃する。
自宅から新開地まで。ここで「日曜日限定」ながら、1カ月神戸電鉄乗り放題切符を購入する。1.5往復すれば十分元が取れる親切設計。これで、 0268やら元0442やら、元0700やら…

まあ、それはおいおいやるとして。
久しぶりのほぼ乗り通しの神戸電鉄。たまには、田舎電車も悪くない。
ウッディタウン中央駅に降り立ち、イオンシネマの入っている二番館を目指す。駅からさしたるアップダウンもなく着けるのはありがたい。
館内は大混雑か、と思いきや、想像よりもやや空いていた。それでもここだけでアナ雪は10スクリーン以上のブン回し。最終的に3上映回が売り切れとなったようだ。人気になっているすみっコぐらしだけに、予約せずに来たのは失敗か、と思いきや、前より4列はガラガラで結局5割強と言ったところ。個人的にはもっと入っていてほしかった。
それでも、前上映回を見終わった親子たちが泣きはらして出てくる姿を見て、当方も確信する。「私がただ単に泣けているだけではないんだな」と。

今回観ようと思ったきっかけは、「あのシークエンスの、初見で取り込めなかった感情の回収」だったのだが、これはきっちりさせてもらった。ひよこが向うの世界に行けないことを先に感づき、全員の勧めに応じないひよこを説得に行こうとするペンギン、倒れ掛かる塔、それを支えるサブキャラ(本の中の登場人物たち)。そうこうするうちに吸い込まれて元の世界に戻っていく仲間たち。その時に作った花飾りが一つまた一つと花びらになって散っていくさま。後ろ髪を引かれつつペンギンが最後に別れをする前には、キャッチャーがいい仕事をしているというおまけまでついている。
そしてエンディング。書いた絵がベタに笑うわけだが、これは、女児対象とするなら、いい演出だといえる。

「プリキュア映画の破壊力」に負けず劣らずだった、「すみっコぐらし」。やはり脚本の力は偉大なのである。

2019.11.17 濃密な65分 映画「すみっコぐらしとびだす絵本とひみつのコ」鑑賞記

そりゃ、私だって、そこそこにアンテナを広げているつもりである。
その中にあって、ここ最近の映画業界の「ダークホース」的な作品の存在には驚きを禁じ得ない。
「若おかみは小学生!」「カメラを止めるな!」は、その代表格だし、今となっては「そのカテゴリーに入るのか?」といっても過言ではない「君の名は。」にしたって、せいぜい15億くらい取れればいい方だろう、というのが興行主の見立てだった。
今作「映画すみっコぐらし  とび出す絵本とひみつのコ」は、公開初日は凡百の日本映画と同じようなスロースタート(10万席に対し、8000弱)だったのだが、翌11/9土曜日には同規模ながら4万人に迫ろうとする興行。先週の日曜日にはさらに伸ばして42000人余り。土日興行ではなんと、「JOKER」を抜いて3位にランクイン。もちろん邦画トップである。
そしてこの土日も正直「何が起こっているのか」というレベルの込み具合になっている。ちなみに私は最寄りの神戸国際松竹で見ようと思ったのだが、なんと土曜の夕方の時点で全上映回満席という珍事という名の快挙がなされ、仕方なくまたしてもイオンシネマ京都桂川に向かうことになってしまったのである。

余裕をぶちかまし過ぎて、自宅をもう10分遅く出ていたら、間にあっていなかったんではないか、と思えるタイミングだったのだが、なんとか滑り込みセーフ。ロビーは、確かに異様な雰囲気に包まれていた。そりゃそうだ。250人箱に当たる9番スクリーン。そこに満員に限りなく近い客が押し寄せようとしているのだから、無理もない。
もともとすみっコぐらし自体が女の子とかが好きそうなキャラ設定。当然のように見ている主鑑賞層は、10代前後の女児がメインだった。それでもお一人様も散見。隣りに座ってきたのは女児だったのだが、お母さんは鑑賞せず、付添札を持って入場していた。そんなシステムがあるとはつゆ知らなかった。平均は、20歳後半。50歳代男性/ソロなんていう特異データはこの圧倒的な10代女児の前になすすべもないのだった。

映画は、実際そう言った女児とか向けに面白おかしく序盤は構成されている。キャラ紹介も3分くらい使って丁寧にしているし、何より、ゲストである「黒っぽいひよこ」はここでも出てこない。レギュラー陣が紹介終わって、一行は喫茶店に向かう。そこで、飛び出す絵本からのギミックが発動して、絵本の中に吸い込まれてしまうのだ。
かくして一行は絵本の中の世界で、主人公になりながら、その世界を堪能していく。その過程で、突如現れるのがひよこちゃんである。ひよこちゃんが出てくる物語は、彼らが主役となる5作品……桃太郎、赤ずきんちゃん、人魚姫、マッチ売りの少女、アラビアンナイト……には出てこない。しかも、全てキャラに沿ったキャスティングになっているところがすごい。例えば、赤ずきんちゃんは、オオカミに食われる設定であるので、とんかつの端っことエビフライのしっぽが担当しているのだが、その狼ですら食べてもらえないという不遇ぶり。これは面白悲しかったりする。
だが本当の作劇はここからだった。結局5作品のどれでもないとわかって、みんなは意気消沈するのだが、たどり着いたのは、「みにくいアヒルの子」だった。ああっ!と私も膝を打つ。これがあったやん……だが、実際にこの子は白鳥の子供ではなかったと知らされる。「あれ?」
彼はただの余白にかかれた、ストーリーも何もない、落書きのひよこだったと知らされ始めてから、館内の状況が笑い一杯から一気に空気も変わっていく。「あ、これ、アカンやつや」になるころには、すみっコたちとの友情もはぐくまれていくのだが、いつまでも本の中に居るわけにもいかない。別れの時は刻一刻と迫っていたのだった。

得点はズバリ、97点としたうえで、ベスト10入りは確実とまでの内容と判定した。
最後半は、いのっちこと、井ノ原快彦の邪魔wなナレーションもなくなり、絵柄と音楽だけでストーリーを展開させるという力技に挑戦するのだが、すでに物語の中に入り込めている我々にとって、その"別れ"が現実のものになるときに、言いようのない感情にとらわれるのだ。あの元に戻るときに、せっかく作った花飾りが壊れてバラバラになっていく描写が言いようのない虚しさと前に進むギミックにもなっていて、尚且つ、一番の仲良しでもあったペンギンが一人残ろうと行動するところなんか、のちの伏線にもなっているという念の入れよう。
とにかく無駄なセリフや勿体付けた演出に一切頼らず、ここまでの作品に仕上げられる脚本力。大の大人が涙にくれる程度にはしっかり練られていた。
しかも、エンドロール中には、ラストシーンで描かれた、「一人じゃなくなった」ひよこと戯れる、ひよこと化した主人公たちとの交流が描かれ、これまた涙腺を励起させられた。限られた、というより決して長くない65分の尺を考えるなら、この後日談的な演出にはしてやられた。

この最後半の演出を疑問視する人たちもいるようだ。つまり「物語を無理やり作ってつながりを持たされることになったひよこ」は果たして幸せといえるのか、といった意見だ。まあその考え方も否定はしない。落書きといういわばはみ出しものを描いたのだから、そのままでいることが重要と考えるのもありだと思う。まさに「すみっコ」なのだ。だが、そこまで奥の深いストーリーではないと思うし、すみっコたちの想いが純粋だから、ひよこを孤独にしない、あの時の友情を忘れまいとした行動と見るなら、かなり納得のいくものだと思う。
いずれにせよ、大人たちを号泣させる手腕はすごい。またしてもヨーロッパ企画、ということでうまいところに発注したなぁと思うことしきりである。

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