多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

ダイエー研究

そろそろ始めますか・・・店コード順解析

「訳わかりません」。
たしかに一定の基準・・・自身で考えていた想定と全く違う回答が得られたのだから、困惑して当然である。
だが、「この店舗コードの並び順に根拠が絶対あるはず」とは思っている。

だからこそのコード解析なのである。
おぼろげながら、このコード表を眺めてみると、少しだけ光明が見えてきた。
→こちら。
山陽マルナカ190226


それは、三国と此花の間のちょっとした断絶である。
そこまでの並び順は「50音順」だとほぼ確定できる。山陽マルナカがHPを作り始めた時に付けた、地域(府県)別/50音順の並びでほぼ間違いないとみている。

ここで新規に振られたダイエー版の店コードにも注目してみる。
→こちら
山陽マルナカ190301

もし、開設順だとすると、富雄南(0500/0870)がこの位置に居るのはややおかしい。摂津/三国あたりは確かに新しい感じはしたものの、富雄南の実質的な開店日である2014.10.17/屋号がマックスバリュから変わった2017.4.1 基準でもここにいることがやはり気になる。
もっとも、大東寺川(0508/0875)がこの位置にいるのは何となく察しがつく。つまり、今回移管店舗の殿はこの店舗以外に見当たらない、ということである。
あとは地道に各々の店舗の開設日を拾いながら解析するしか手立てはなさそうである。

さあ!!大変なことになってまいりました。

今日の仕事は、急な雨で午前中でおしまい。「ああ、中途のSS、いい加減にある程度は仕上げないとな」と思いパソコンに向かう。
その合間にツイッターの記事を見ていると…
とんでもないつぶやきに当方は戦慄する。
JP-Superさんのつぶやき。

慌ててダイエー本体のニュースリリースを見る。
こちら
これは、正直、一大事である。

確かに「やるやる」とは言っていたが、そもそもイオン的には「ダイエーの屋号をなくす」とか言ってみたりしていたので、本当にそんなことをやる気なのかな、とは思っていた。
しかし、いざそれが現実のものということになると、当方的にはてんやわんやの大騒ぎになってしまう。
・今回からは「移管前店舗の訪問も行う」
理由は「旧店舗コードの所得」。すでにイオン社内的には「会社コード+店舗コード」で物流的な仕分けや経理的な指標の差別化を行っている。つまり、まず行われる、山陽マルナカのダイエー直営化はそのままダイエーの店舗増に寄与するし、その後の光洋の吸収合併は、その規模が巨大になるため(現状75店舗+MV西日本の8店舗もあるぅぅぅ)、一刻も早く済ませておく必要が出てきたということである。

・つまり、今回、新規店舗が実に100店舗近く出てしまうのだ
図表に記された光洋の店舗数は、順に47/20/3/4/1(大阪/兵庫/京都/奈良/和歌山)の75店舗。それに山陽マルナカの14店舗(大阪11、兵庫2、奈良1)に、マックスバリュ8店舗(すべて兵庫県)。この22店舗は先に回って、全てのデータを整えておかないといけなくなった、ということである。

・当方的には、データの再構築を余儀なくされる。
これまでのダイエーに直営化された店舗たちは、「ダイエー基準の店コード」に改番されている。経営移管された、南砂町スナモ(0855)、モリシア津田沼(0856)が好例である。
存続会社がダイエーになることから考えても、これら2社の店舗にダイエーの店舗コードが振られることはほぼ確実と見ている。
だが、今回ばっかりはグループ外からのグループ入りなので、一筋縄ではいかない可能性も含まれる。

いずれにしても、2020年3月には、この中から離脱店舗が出たにしても、100店に近い陣容が増える。
最近、よくて新店や閉鎖店だけしか回ってこなかった私だが、俄然忙しさを感じるようになってきた。

過去記事は面白きかな<その16/了> 直撃インタビューを読み解く(その2)

ようやくの最終回を迎えた。

というわけで前回の続きである。

記事が出てきた99年3月…雑誌なので取材完了は99年1月前後とみられる…当時、会社としてのダイエーは、まだまだ往年の輝きを維持していた。
株価でたどろうと思ったが、さすがにWEB上でも存在していない。ヤフーの10年足で、何とか2006年の価格が2000円台あたりまで行っていたことが確認できたくらいである。とはいえ、これは、産業再生機構入りがなり、いわゆる99%減資という"措置"後の話。古新聞でも捕まえて市場を確認しないことには始まらないといえるだろう。

では、記事の後半の中内CEOの発言を紐解いてみる。

『しかし、現在の会社の状況では、「ここで社長を交代したらどうか」という意見は社内から出てきにくいでしょう。』

会社の世代交代を促されての回答でもある。この当時、CEOはまだ76歳。もっとも、会社として斜陽を迎えている時期でもあり、この2年後にすべての役職から退いている。それどころか、記事が出た2月時点で、会長職に退いている(99年1月20に異動発表。副社長だった鳥羽氏が社長に)。産業再生機構入りしたのが2004年と、まさに坂道を転がり落ちるような状況下にあっても、未来を信じて疑わなかったといえるインタビューであり、このときに社長を退くことは想定していなかったのではないか、と思われる。時系列で物事を見ると非常に面白い考察もできるということだ。

記事の最後を締めくくったのは

     『もう心配はご無用です。』

いやいや、94年の4社合併時点で将来を危惧していた、一部識者や当方もいるんですけどねwwリストラもS&Bも全て後手後手。進取の気性があった会社やCEOのセンスとは真逆の経営スタイル。お金が回らなくなることを一切想定していなかったことは、CEO一生の不覚でもあろう。だから「(手は打ったから)心配はご無用」…。

この一言が今となってはむなしく聞こえる。2016年2月に、本当にこの店舗を作ったことを誇りに思っていたであろう、碑文谷(0284)をはじめ、名だたる旗艦店がイオンリテールに譲渡されてしまう。
それでも「心配するな」と言いきれたかどうか…。中内シンパは、もはや社内にはほとんどいないと目されるが、彼亡き10年は、ダイエーがダイエーで無くなった10年といえなくもない。

雑誌の大見出しを覆っている「ダイエーの出直し」。出直しとは、一からの再スタートを意味すると思うのだが、巨額赤字からの再スタートは、結果的に、グループ企業の切り売りと、本体のイオンによる買収で結了した感がある。
この記事が出た99年当時、ダイエーが株式市場からも、そして屋号自体も消える想定というものはどこにも感じられない。それどころか、「再生するに違いない」という思い込みすら感じられる。その根底にあるのは、悲壮感のないCEOの物言いに起因するのではないか、とさえ思う。

偉人とまで持ち上げる気はないがカリスマ性は、CEO以外、ほかの流通業界のトップリーダーにはない。過去記事は、ある意味、未来を想定できないからこそ、解析が面白かったりもするのである。
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