多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

ドリパス

2020.3.12 今年の君縄収め? 48縄目鑑賞記

実に1年2か月ぶりの「君の名は。」のスクリーンでの拝見は、私に相応の確信をもたらした。→ブログはこちら。

それは、「(比べるのは間違っているかもだが)『天気の子』は、『君の名は。』を越えられない」ということである。すでに「比較検討倶楽部」でも、このことについては記事にしてあるのだが、 (こちら)ここで私が言いたかったのは、やはり、楽曲と作品のバランスである。
「天気の子」は、企画段階から、RADWIMPSが加わり、実際に映像が出来上がる前に2曲が提供されている。その一方、「君の名は。」の場合は、若干映像に合わせるような作りの楽曲が多い。それは「スパークル(Movie Edit.)」一曲を上げるだけで十分である。一部で「君の名は。」がMV的に感じた人が多数出たのは、むしろ音楽が映像に寄り添ったからだといえる。
『天気の子』の自己主張の強さは、まさしく、帆高のあの2か月の生活の中に現れている。そして楽曲の力強さがむしろ宙に浮いたような感覚を創出してしまったことが前作を越えられなかった要因ではないか、と思ったりもする。

それでも、私は、この作品……「君の名は。」には、マジで足を向けて眠れない。それほどのインパクトを植え付け、私に様々な記録を打ち立てさせた作品だからだ。初めての複数回鑑賞、もちろん二桁鑑賞も、遠征してまで見に行った映画もこれが初めて。猛者はともかく、40回台になることは、2016年10月の段階で全く想定していなかったことは確かだ。
2週続けての「ドリパス」企画上映。TOHOなんば19時スタートに若干の危惧をしていた私は、雑務を翌日回しにするなどして、1時間ほど早く仕事場を脱出。着替える時間までは捻出できず、ほぼ作業着のままで劇場に向かう。果たせるかな、18:40分過ぎには劇場入り。だが、人であふれかえっているはずのロビーの閑散なこと。実際、なんば上映回は、50人ほどしか参集しなかったと思われる。
当方繋がりのフォロワー氏は3名だけ。前回の梅田版では、8名ほどはいただけに、これだけでも閑散ぶりが見て取れる。
6番スクリーン、B列は私一人だけ。さらに猛者といえるA列にも私の真ん前にお一人。ガチ勢らしさをかもしながら映画に没入する。

ここでは、TOHO仕様のマナー映像もかかり、その後に映画泥棒となった。梅田は、照明落としののち移動時の注意喚起後に映画泥棒だったので、ちょっと面食らったのだが、なんばは基本に忠実だったのかもしれない。
開始一秒。前回のような感情までは勃興しなかったが、それでも「これを見に来た」といえる彗星の落下シーン、そして「現実と違う」壮大な伏線をここで仕込んであるのだから、本当にすごいといえるのだ。
「多分、あの日から」。この一言こそが、三葉の死を否定する一大メッセージになっていることを今でもほとんどの人が解析できていない。もっと言えば、オープニングで「死」そのものが否定されているのだ。死からのやり直し、ではなく「死なない歴史を確定させるため」の入れ替わりだから、2016.10.4以降はレギュラーの入れ替わりはなくなって当然なのである。もし瀧が彼女に逢いに行こうと飛騨に行っていなかったら……それこそ歴史は書き変わってしまったかもしれない。
今回は、久しぶりに、自転車こぎながらのシーンでじわじわと涙腺が浸食されていった。そして、想いが伝わったその時! あの組紐の受け渡しでさっそく第一の波を受けて撃沈する。こうなると、そこからのシーンはもう泣かずにいられるわけがない。
「カタワレ時だ」。
声が揃う。瀧の驚いた表情、そして浮かべる安どの表情、その後の微笑み。これを一介の俳優がセリフに出さず、すべてを表現できるものだろうか。アニメーションだからできることというのがこういったところにも表れる。そして、珠玉の瀧の独白、そして慟哭。神木隆之介をして、一世一代の名演技、といえる、泣いているはずなのに一切上ずらない声に感情を持っていかれる。
三葉も同様である。躓いてひっくり返り、軽く気を失ったわけだが、いとおしい人の声に我を取り戻す。
「すきだ」
この右手の文字に初見で私は泣かされた。畳みかけるスパークル。そして決然とした、一番かっこいい三葉。あのシーンがあるからこそ、別のバッドエンドはないと我々も確信できるのである。

二人は唐突に出会う。だが、二人のムスビは、あの瞬間で出会える奇跡として描くことで、無理筋・強引と言った外野の声を十分にかき消してくれた。出会えたからこそ、この作品は共感を得たのだろう。

48回目。
世間一般からすれば、「アホかいな」と思われる鑑賞回数である。しかも公開年からの5年間、必ず一回は見ている作品になっている。
「私は、いや、日本国民は、とんでもない作品に出会ってしまったのかもしれない」


誇張でも何でもなく、本当にそう思う。関西ガチ勢として、2上映回すべてを押さえられたのは本当によかったと思っている。

2020.3.5 実に一年ぶり 「君の名は。」47縄目 鑑賞記

2019年、実のところ、「君の名は。」の映画を見られる機会というのは実に限られていた。劇場でかかったのは本当に数えるほど。さすがに私も「どこでやっていた」とか、追いかけ続けているわけではないのだが、確実に片手程度の鑑賞機会しかなかったと思われる。
ところが、その鑑賞機会を私をはじめ、幾人かのどぎついユアネーマーは、離島たる沖縄でそれを体感したのである。
→まあそりゃ、映画館ではないし、感動ももう一つだったかもしれないが、「見た」ことには違いない。ブログはこちら。

それから1年2か月。
「ドリパス」という、TOHOシネマズが運営する、リクエストシステムによって、「君の名は。」が上映候補にのし上がった。配給がTOHOでなくても、リクエストの数字が上がれば候補作に名乗りが挙げられる、単純なシステムなのだが、一度候補に上がってしまうと、しばらくは投票等は無理のようだ。
東阪での企画上映の口火を切ったのは、TOHOシネマズ梅田の3/5の回。発売開始とともに当方は予約し、ここはあえて没入感を大事にすべく後ろ寄りの席を確保する。
購入が終わって劇場の配置を見て少しだけ血の気が引く。150人程度の箱といえば、本館ならば7か8、あるいは別館しかないからだ。そして特徴的な座席配置から、8番スクリーンが該当すると判明、席位置で失敗したと知らされる。7/8番は、傾斜がなく、後ろにしか出入り口がない少し古風な感じの作り。音響だけはどうなのかは気になっていたところだった。

当日。
仕事はスイスイと終わり、むしろびっくりする。19時スタートに余裕(とは言っても20分前)で間に合うスケジューリング。毎度のフォロワー氏が参集する、いつもの鑑賞回を印象付ける。当方は、別件の「薄い本」の配達とその他もろもろを済ませて、宿題を終わらせた雰囲気。
館内は、そんなわけで、きっちりと観客層を確定するまでには至らなかったのだが、特筆すべきは、20代/30代の鑑賞が相当数を占めていたということである。しかも、一つ間を空けて横に陣取った男性二人連れの一人はスクリーン未見だという。
"はいはい。あーきれいだなー、「映画には、まだこんな力があるんだと教えて」もらってください"
と感想を述べつつ、19時ぴったりにいきなり映画泥棒で幕を開ける。

たまの一斉再生会、個別で見ることもある「君の名は。」だけれど、どんなにレベルが低くても、スクリーンの魔力には敵わない。それを再認識させてもらった。あの彗星が落ちてくる開始一秒。このシーンが印象付けられなかったら、私もどぎつい回数見ることはなかっただろうと断定する。
映像だけではない。「天気の子」との比較で考えると、やはりこちらの設定なり脚本の方が一枚上なのだ。特にシーンの時間配分は秀逸すぎる。「前前前世」までが30分。ご神体から再訪問までがほぼ30分、クライマックスまでが30分程度、ラストシーンまでで10分弱。きれいに100分強で収まっている。「天気の子」は、当方も指摘したタオル問題や、曲に合わせてしまった増築した代々木会館の妙など、物理的におかしいところが多すぎる。
私自身は、「天気の子」は、「君の名は。」を越えれていないと思っていたのだが、再度スクリーンで見て、その想いを新たにする。曲に引っ張られた「天気の子」は新海氏がRADの野田氏に遠慮したかのように映るのだ。「君の名は。」では、RADは試されていたと思われる部分もあるし、大ヒットした「前前前世」と同等のヒットが「天気の子」からも現れていないところからでもうかがい知れる。

鑑賞自体は、タイトルまでのモノローグ部分だけで泣けてしまい、しかし、初めて見ているような新鮮な感覚にもとらわれながら見させてもらった。そして、図書館のつぶやき「俺は……何を?」の答え(一葉の「あんた今、夢を見とるな」で囲われたすべての出来事が夢の中なのだが、図書館でやっていることは現実として理解しているから、何をしにここまで来たのかがわからなくなってしまった/もっとも、それらしい考えは持っていたのだが、今回の鑑賞で確定した)が出たことも収穫となった。

「そこに、いるのか?」
あーもう、ここから実際ヤバかった。ご神体でのお互いを探すシーン、カタワレ時の邂逅、痴話げんか。すべてが愛おしいのだ。そして、大の大人、特に男性陣を慟哭の谷に突き落とす、ペンを落とす作劇からの瀧の魂の叫びは、泣くなという方がどうかしている。
そしてエンディング。「離したりしないよ 二度と離しはしないよ」この歌詞の破壊力。二人の間を歌った曲だから、私も感動できるのである。もちろん、「大丈夫」の強さも否定はしない。

エンドロールが終わり、やや前方からパラパラと拍手が。当方も少しだけ便乗して会場を出る。
月別アーカイブ
livedoor 天気
「livedoor 天気」は提供を終了しました。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ