多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

ブログ

読書感想文…あるフリーアナウンサーのブログを読んで

「BLOGOS」に参入しているブロガーは結構いるわけだし、今回の件についても、基本的に炎上する気満々な筆致と、ドヤ顔での言い切り、極論が議論を呼べばいいというまさに炎上マーケティングさながらの物言いがここまでの事態を引き起こしたと考えている。

さて、人工透析せざるを得ない、腎不全という病気全体をDISったかのような当該ブログなのだが(当初とはタイトル等加筆もされているので、過激さ度合い…「死んでしまえ」、とか言うものいいが拝めなくなってはいるが、ほぼ掲載当初のままだそうだ)、当方は「ホーン」程度で放っていた。
なんとなれば、この文面をよく読めば、現在の社会保障制度の弱点を見事にあぶりだしているところもあるからである。
もちろん筆致があまりに過激になってしまっているところは本人もやや反省しているようであり、怒りに任せて、というよりは、「今のところ医者にほぼ掛かっていない健康体の人」なら怒って当然でしょう、という擁護も予想しての物言いだったと推定する。

『果たして、ぜいたく・医師の忠告を無視した挙句透析を受けなければならない人と、先天的・病的要因によって腎機能が失われたために行う透析がイコールで結ばれている現状は、歪んでいるだろう?!』

これが読み取れない人たちの多さには、書いた本人も驚いたのではなかろうか。

とはいうものの、氏にも落ち度はいくらでも出てくる。ソースがわずかに聞き取りによる何人かのインタビュー止まりであること、よほど怒った感情のままにつづってしまって、推敲や、不都合な表現に思いが至らなかったところなどである。

せっかくの問題提起も、暴言同然では、説得力も半減、いや、まったくなくなってしまう。それどころか、今回の炎上事態で、またぞろ"炎上の達人"的な称号を戴くことになりはしないか、と危惧することしきりである。
言葉を職業にしている人が炎上させるのは、天性のものなのか、それとも、我々はそれに載せられてしまっているのか…

比較検討倶楽部、再び(4)描かれた災害をどう見る?

いよいよ「ごちそうさん」も戦後編(とはいってもあと2週で終わりなのだが)に入り、最終回の展開が見ものではある<戦後すぐの描写で終了と思っていたのだが、闇市のシーンやらいろいろあるようなので、戦後数年間は描かれると思われ、その部分では当方の予想としては外れてしまった>。
まあ、闇市のシーンなどはどちらかと言うとオープンセットでも作って、開放的にやっていただきたかったところだが(もうセット臭が半端ない/このあたりは大阪製作の限界か)、そんなに予算もない状況で作るのだから仕方ないといったところか。

さて、当方が日々巡回しているブログでおなじみのcoffee氏ブログが、なんと、当方の手法を真似て<イヤイヤ、チガイマスカラwwww>比較検討倶楽部をやってしまったのだった。とはいっても、違う視点からのものであり、どちらかと言うと問題提議に近いものであった。→こちら。

それに触発されたわけでもないが、ドラマの中の災害に関する描写や主人公達の心情と言うものは、比較に値するのではないか、と思い立ったのである。
実は「ごちそうさん」では、2つの災害・・・関東大震災と大阪大空襲を描いている。前者は、いわゆる支援をする側として、後者は実際の当事者(被災者)としてであるが、前者の場合、一人の女性をターゲットにして、その人の心が食によってほぐされていく、と言う形でとげとげしかった彼女を立ち直らせた。後者では、被災しながらも、闇市での商売や人探しに奔走する登場人物たちのけなげな姿が書かれるものの、それが安住の地ではないことが提示されて、視聴者に一種の不条理を提示していく。
ブログでは、「ごちそうさん」の主人公の夫が、防空演習中に消火せず逃げろと叫んだことで、命令違反を犯したとして逮捕される場面について書かれている。焼夷弾の威力を考えたときに、消すことに集中するあまり、逃げ場を失うと言うことをもっと早くに提示し(そもそも、演習の範囲内で収めようとしなかった夫のやりすぎの感はある/幼いころの自身の災害もトラウマになっていたと考えられるのだが)、根回しをしておけば、ああいう事態には至らなかったと見る。ちなみに焼夷弾の威力をまざまざと、見せ付けてくれる映画が、アニメーション映画「火垂るの墓」の前半のシーンである。
一方、「あまちゃん」は東日本大震災をあくまで背景と言う風にしか描写しないことで、2年前の出来事を極力「あったけれど、皆さん、ご存知ですよね」と言うような見せ方でとどめている。このやり方にした理由はただひとつ。大震災が主役や脇役になってしまっては困るからである。津波に襲われた町をあえて提示しなくても、十分に分かる描写で済まそうとした(ニュース映像はもとより、音声すらはっきりと見える/聞こえることはしなかった)ことで、事態の重大さを分かってもらおうとした高度な演出であった。なので、それこそ、自衛隊が出てくれば、ドラマの雰囲気も何もかもぶち壊しになる。出さなかったのは「そういう震災テーマのドラマと違うでしょ?」と言うクドカンの絶妙なツッコミが入りかねないわけで、この部分、coffee氏が言っていることが何でも正しいとは思えないところなのでもある(正確には、産経新聞のコラムに同調した記事と言うことになる)。

ドラマでの役割の違いを理解しているのならば、災害に対する向き合い方が変わっていて当然。新聞も、右系・左系は別にして、「ドラマを咀嚼してみていないことを堂々と書いてしまう」ようでは、早晩、お役御免を言い渡されかねないだろう。
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