「チア・アップ!」が婆映画なら、「一度も撃ってません」は爺映画といえる。何といっても、今まで脇役では渋い演技をしてきた石橋蓮司の主演作品だからだ。某ラジオが明かした撮影秘話では、撮影中、あまりの役作りに職質されることも幾たびかあったそう。そこまで没入できているなら、見ないという選択肢は見当たらない。

前評判のせいもあって、館内は20名弱が座ってくれる状態。大半が長年の映画ファンと思しきひとたちで、若ものレベルはすごし少なめだった。男性優位で50代前半。当然私より年配の方々も多く見受けられた。

売れない、どころか本にもなっていない作家先生。家の中では、シジミの味噌汁をぶざまに飲む爺そのものなのだが、その彼が外に出るときはピシッと容姿を決めて、バーに、漢方薬店に、出入りする前段で、あの!大先生・北方謙三をほうふつとさせるところからして滑稽である。
予告では、作家である市川に絡んでくる人たちの相関関係が読めず、おかげで「こうじゃないかな」とした予測を大きく裏切ってくれる。市中で起こる、不可解な銃撃事件は、ヤメ検である岸部一徳が石橋蓮司演ずる市川に依頼し、それを妻夫木聡演じるプロの殺し屋が果たすというプロセスになっているのだった。あえて市川をスケープゴートにすることで迷宮入りさせる高度なテクニック。妻夫木から聞き取ったその時の状況を小説に仕立てることでさらに疑いを持たせる効果というものもある。
なにも知らないのは妻ばかり。長い付き合いの舞台女優という設定の桃井かおりとのデートを目撃して、大楠道代演じる弥生は激高する。そして行きつけのバーで市川の入店するのを待つ二人だが、市川の命を狙うスナイパーもここに乱入してくるのだった……

得点は92点だ。

なんちゃってハードボイルド作家が銃を持ったところでそれこそ「一度も撃ってない」のだから引き金を引けるわけがない。命のやり取りという緊迫した状況を数分間にわたって見せるシーンは、実際手に汗握るのだが……え、ええ????になったのは言うまでもない。
脇役街道まっしぐらだった石橋蓮司氏がニヒルな2.5枚目を演じていること自体が奇跡だし、独壇場をほしいままにする桃井、いい押さえキャラの岸部、真人間に向かいつつある妻夫木(と、ほぼストーリーに絡まない井上真央)と、小悪党という絶妙なキャスティングの堀部と江口。柄本父子もおいしい使われ方をしているし、佐藤浩市をこんな贅沢な使い方をしてしまうのだから、いやはや、監督の御威光たるや素晴らしい。
どこで修業したのかわからない若手がみずみずしく演じる作品もいいが、こんな、ちょっぴり昭和の香りもして、時代遅れな世界観で生きている人が主人公の作品も、見ようによっては実に面白い。市川のペンネームはなかなかしゃれているので(ローマ字表記で終わっていたら絶対気が付かない/そして何といっても、その時間から夜が始まる、というのが市川のスタイル)、確認してもらうといい。妻・弥生が酔っ払いながらばらすシーンを見落としても、エンドロールで確認出来ますので、ぜひ。