多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

中内功

2018.9.24 おっこのひたむきさに泣ける 若おかみは小学生! 鑑賞記

アニメーションの表現力の豊かさ。特撮でないとできないことを映像にできてしまう。そして、役者にできない感情の起伏や表情の表現を具現化できる。そして、それを強調して描くこともできる。
2018年、「リズと青い鳥」の、そう言った一挙手一投足の細かさにしてやられ、今年のアニメーション映画としては一位になってしまった感があるのだが、予告の段階で名作感がふつふつとわいていたのがこの作品「若おかみは小学生!」だった。
映画公開は、9/21から。しかも、同時期にテレビアニメもやっており、9/23が最終回。30分/2話スタイルで経過したので12回放送/24話〆となっている。
劇場版公開から、twitter上では「名作」「号泣必至」といった内容が流れてくる。すでに複数回観ているフォロワー氏も散見。たしかに予告の時点で名作か、と感じられたわけだが、そこまで中毒になれる作品なのか、は観てみるまでわからない、と言ったところだった。

原作/アニメ未見でスクリーンに対峙。連休最終日/夕方回であるにもかかわらず、なんと観客は数えるほど。ソロ男性客が圧倒的(6人)だが、当方が最高齢ともくろんでいたら60代男性を認めてがっかり。親子連れも2組、カップル50代、以上。「えええ、こんなんですか…」となったのは言うまでもない。
導入部は、「生かされた」おっこの経過が見られる。一家もろとも、ではなく、シートベルトしていたのに車外に放り出されるおっこ。背後霊・守護神のようなウリ坊の存在。
そして服装からもわかる通り、彼は実は祖母の幼馴染であった。写真で振り返り、彼だと悟るおっこ。だが、大人からは全く見えないウリ坊の、子供ながらの物言いは、おっこを困惑させつつも、「春の屋」の一員としてやっていくことにつながっていく。
時折やってくる様々な客。滅私奉公、「お客様のために」…なんだか、某スーパーの創設者が孤軍奮闘しているみたいに見えて、少しだけウルッとなる。
徐々に成長し、幽霊たちとも関係が希薄になっていく。そこへやってきたのは回復途上で湯治に来た男性の一家。だが、全身にダメージを受けた体はものを満足に受け入れられない。それを何とかしようとするおっこ。ライバル旅館で、その前段の神楽けいこで仲たがい同然の関係になってしまった真月に教えを乞うおっこ。実際にこれができる胆力が大人でもあるかと言ったら、そうはならないだろう。
しかしこの捨て身の作戦が、男性の食を一変させる。次から次に出てくる料理を平らげる男性。だが、その口から明かされる、真実はおっこに激しい衝動をもたらす。そう。両親を死に追いやった、大型トラックのドライバーだったのだ。

ここからの作劇は、マジで感動巨編である。あえて書かない。
ラストは、真月と御神楽を踊りながら、両脇にウリ坊と美陽を従え、彼らを送るかのごとくな演出になっている。ラストシーンの花に囲まれる演出は、ウリ坊が見せた幻想的な風景に寄せてあり、しっかりと復唱してくれている。

さて、採点である。
「この作品の評価のポイントは」…と、某夏井先生の定型句で言いたくなってしまう今日この頃なのだが、それはズバリ、「ネアカ、のびのび、へこたれず」なおっこを描けている点である。
普通に考えて、身寄りが旅館にしかないとはいっても、自分から旅館を継ぐ、などということは言い出しにくいものである。「行ってきます」と声を出す、誰もいない自宅。それは今までの自分との決別にもかかわってくる。それまでおそらく甘えん坊で両親の愛を一身に受けていただけのおっこが二人を時々幻影やら、夢に見ながら、日々成長していく。ラスト前、真月に言われた一言は、それを発した彼女にも強烈なインパクトを植え付けたに違いない。

果たして、私を含めた接客業にいそしむ人々は、おっこのような行動ができるだろうか?特に宿泊施設は、今回題材にもなった「お客様の負」というものを極端に嫌う。何とかできないか、と知恵を絞ることが時折見えてくるわけだが、私が一番感じ入ったのは、やはり心を開けば道も開ける、という、あの秋好旅館でのシークエンスだ。ライバルともいえない、いわばガリバーに教えを乞う。それができる謙虚さ、必死さ。おっこに学ぶべきところはありすぎるくらいある。
得点は92点とした。シーンの入れ替わりや、長回しにせず落ち着かないカット割りは、やや忙しなく感じられたからである。「雑」というよりは、盛り込むことが多すぎて駆け足になったと言ったところか。でも、見せ場ではしっかりと見せる芝居にしてあるところはさすがである。
若干劇伴に注文が付く程度で、音楽的にはかなり良好。困惑したときの「シェェ―」に似たポーズの頻出ぶりが笑いを誘う。
テレビ版のキャスティングがほぼそのまま移植でもされたかのようにスライド登板。おっこの両親こそ、俳優吹替えになっているのだが、それ自体を感じられない部分もあったりした。つまり、今回の吹替え陣は、近年まれに見る成功例として挙げられよう。誰一人として棒に感じられる役者がいない。特に水領役がホラン千秋だとは全く気が付かなかった。そして何より、おっこ役の小林星蘭のあたりっぷりよ。ほぼ同い年なのもプラスに出ているかもだが、泣きの演技は、思い出しただけで涙腺がやばい。一応女優歴は長い(すでに9年?!)彼女だが、これができるようになれば、今後の活躍の幅も広がろうというものである。

某フォロワー氏は、「きみの声をとどけたい」枠として本作を上げている。そこまでの作劇や、エモーショナルな部分は控えめだが、わかりやすさ、琴線に触れる内容、そして年齢関係なく、ひたむきなおっこを見て「明日も頑張ろう」と思える爽快感。「君の名は。」クラスの、記録を残すことはできなくても、記憶に残る一作になったことは間違いない。お子様向けと言えるが、それだけにとどまらない。大まではつかないが、傑作の一角に鎮座したことは確定した。

過去記事は面白きかな<その16/了> 直撃インタビューを読み解く(その2)

ようやくの最終回を迎えた。

というわけで前回の続きである。

記事が出てきた99年3月…雑誌なので取材完了は99年1月前後とみられる…当時、会社としてのダイエーは、まだまだ往年の輝きを維持していた。
株価でたどろうと思ったが、さすがにWEB上でも存在していない。ヤフーの10年足で、何とか2006年の価格が2000円台あたりまで行っていたことが確認できたくらいである。とはいえ、これは、産業再生機構入りがなり、いわゆる99%減資という"措置"後の話。古新聞でも捕まえて市場を確認しないことには始まらないといえるだろう。

では、記事の後半の中内CEOの発言を紐解いてみる。

『しかし、現在の会社の状況では、「ここで社長を交代したらどうか」という意見は社内から出てきにくいでしょう。』

会社の世代交代を促されての回答でもある。この当時、CEOはまだ76歳。もっとも、会社として斜陽を迎えている時期でもあり、この2年後にすべての役職から退いている。それどころか、記事が出た2月時点で、会長職に退いている(99年1月20に異動発表。副社長だった鳥羽氏が社長に)。産業再生機構入りしたのが2004年と、まさに坂道を転がり落ちるような状況下にあっても、未来を信じて疑わなかったといえるインタビューであり、このときに社長を退くことは想定していなかったのではないか、と思われる。時系列で物事を見ると非常に面白い考察もできるということだ。

記事の最後を締めくくったのは

     『もう心配はご無用です。』

いやいや、94年の4社合併時点で将来を危惧していた、一部識者や当方もいるんですけどねwwリストラもS&Bも全て後手後手。進取の気性があった会社やCEOのセンスとは真逆の経営スタイル。お金が回らなくなることを一切想定していなかったことは、CEO一生の不覚でもあろう。だから「(手は打ったから)心配はご無用」…。

この一言が今となってはむなしく聞こえる。2016年2月に、本当にこの店舗を作ったことを誇りに思っていたであろう、碑文谷(0284)をはじめ、名だたる旗艦店がイオンリテールに譲渡されてしまう。
それでも「心配するな」と言いきれたかどうか…。中内シンパは、もはや社内にはほとんどいないと目されるが、彼亡き10年は、ダイエーがダイエーで無くなった10年といえなくもない。

雑誌の大見出しを覆っている「ダイエーの出直し」。出直しとは、一からの再スタートを意味すると思うのだが、巨額赤字からの再スタートは、結果的に、グループ企業の切り売りと、本体のイオンによる買収で結了した感がある。
この記事が出た99年当時、ダイエーが株式市場からも、そして屋号自体も消える想定というものはどこにも感じられない。それどころか、「再生するに違いない」という思い込みすら感じられる。その根底にあるのは、悲壮感のないCEOの物言いに起因するのではないか、とさえ思う。

偉人とまで持ち上げる気はないがカリスマ性は、CEO以外、ほかの流通業界のトップリーダーにはない。過去記事は、ある意味、未来を想定できないからこそ、解析が面白かったりもするのである。

過去記事は面白きかな<その15> 直撃インタビューを読み解く(その1)

いよいよ、九州/北海道の分離に続き、関東・近畿の主要29店舗を手放す瞬間が刻一刻と近づきつつある。

もし創業者の中内功氏(功の正確な漢字は力の部分が刀/以下CEO)がご存命であったのなら、自らの作った企業が切り刻まれる姿を正気で見守れているのか…。私がCEOの立場なら、そうなる前に手を打っていただろうし、そもそも94年の大合併は、行っていなかったと考えている。

ただ、歴史にタラレバはない。当時のCEOの考え方は「規模を大きくしていかないと=止まってしまったら企業が死ぬ」という規模重視と、本業に結びつくものなら何でも手を出していた異業種への拡大路線で回そうとしていた。しかし、結果的にシナジー効果を生み出す前にすべてがとん挫したことが"ダイエー消滅"の第一歩である。

このインタビューのあと数年を経ずして、産業再生機構入り=会社として倒産しなかっただけまし、という屈辱を味わうことになるのだが、98年当時のCEOの言葉には、一応"力"は感じられる。ただ、当然のことながら、聞き手の絶妙な突っ込みに防戦一方になる場面もあり、わずか3ページながら、読み砕いていくと非常に面白く感じている。

すべてを掲載するわけにはいかないので、気になったCEOの回答部分を書き出してみる。『』内は記事よりの抜粋である。

『我々が考えた「商業の工業化」とは、チェーンストアそれ自体を、百貨店や老舗とは違ったインダストリーとして追及することです。チェーンストアの最終目的は(中略)自社製品であるPB、SBを作って、それを売ることにあるのです。』

この発言の根底にあるのは、「うちの(チェーン)店でしかないものを売る」ということを言っているのであり、まさに第2次「Savings」が勢いを増しつつある時代のことである。メーカー品と違い、常に売り出し的な価格で店頭におけるPBの役割を、CEOが認識していたからこその発言である。くしくも、親会社になっているイオンは、店内ほぼ全カテゴリーでPBがかなりの棚を占めている。CEOをあえて擁護するなら、自身のなしえなかった"偉業"は、親会社が粛々と実現しているということである。

『我々は現金で売って現金で支払う現金主義を取り、企業間信用を一切利用していない。手形は一枚も切っていません。』

ほほぉ、と納得する発言である。そう。不渡りを出せばあっという間に企業は頓挫する。今までの土地本位主義が生み出してきていた、担保価値の上昇が、手形を不必要にさせていたというところは興味深い。事実、確かに借金はあったが、それなりの入りの部分もあった。会社が産業再生機構に入っての再建という選択肢を選んだのは、銀行側に「(回収できる方を)選ばされた」結果と今から思えば、あの時、強行に打って出た銀行サイドの思惑も透けて見える。

スクラップアンドビルドに関しては、
『むこう三,四年で五十店舗ほどの閉鎖を考えており、すでに三十店ほど閉鎖した。』
『我々としてはハイパーマートを二一世紀の業態として考えていきたい。』

・・・ここは残念ながら、CEOの見込み違いになってしまった部分である。確かに二十一世紀をにらんだ業態ではあったし、現に「ラ・ムー」や「ディオ」などを展開する大黒天物産の店舗は、往年のダイエーのハイパーをほうふつとさせるもの。だが、ここに大きな差が存在する。安く売る店舗にお金をかけてしまったのがダイエーである。いくつかラ・ムーにも買い物に立ち寄ってみたが、その安普請ぶりには驚かされる。「だから一気の多店舗展開も可能だったのか…」と気が付くわけだが、どうも「箱から入っていく」思想がCEOにはあったのかもしれない。ちなんでおくと、意外にも、ハイパー店舗で作られ閉鎖した後に、同業他社が入っていく例が結構ある。それだけ、「つぶさずに使える」、いわば城を他社に与えたわけだから、体力が落ちて行って当然である。

というわけで、ほぼ1.5ページ強を読み進めてきたわけだが、次回で最終回としたい。
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