多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

佐々木蔵之介

2020.2.1 骨董エンタメ、ふたたび 「嘘八百 京町ロワイヤル」鑑賞記

前作「嘘八百」は、結局スクリーンでは鑑賞できず。しかし、よもやの続編が出てくるとは思いもよらなかった。それだけで「見てみよう」と思わされる。
中井貴一も一時の大根イメージからかなり脱却。脇メインの佐々木蔵之介も、「ひとよ」ではあんまりだったものの「記憶屋」でマイナスイメージが払しょく。たまたま出ている作品がかぶったとはいえ、佐々木率が多いのもやはりキャスティングしたい人たちが多くいるからなのだろう。
サービスデーにあげていたのは「サヨナラまでの30分」だったのだが、10番/空き些少と知って、またの機会に譲り、今作を鑑賞することにした。
観客はパラパラ程度(20人弱)。ご執心なのか、女性3人男性一人のグループが、開場と同時になだれ込んでいく。だが、喧騒があったのはここまで。平均年齢は40代後半、女性やや優位という感じだった。
贋作師の佐々木蔵之介演じる野田と、これまた珍妙な作品ばかり手掛ける古物商・小池のタッグがよもや組まれようとは……きっかけは、妖艶な感じのする、名家の娘、という触れ込みの橘志野だった。その美貌に小池はメロメロ。一も二もなく、古田織部の「はたかけ」を取り返す、と言い放つ。
だが、買われた先は、「嵐山堂」。その背後には、フィクサーに、国会議員までもが暗躍する、悪の権化という感じ。野田も、小池も、嵐山堂に一杯食わされて面白くない。かくして、「はたかけ」を取り戻すべく様々な手練手管が繰り出される。果たして本物の織部はどこにあるのか、そして、誰が"騙しきれた"のか??

得点は、89点までとする。
今作の最大の功労者であり、キーパーソンは、広末涼子その人である。和服で清楚な、騙された一家の娘を演じたかと思えば、いかにも高級そうな洋服で一流キャバクラに。しかもそこのキャバ嬢に変身するおまけつき。彼女の七変化を見ているだけで飽きないし、面白い。
中井貴一/佐々木蔵之介の、息のあった掛け合いはまさに続編だからすんなりしたものに受け止められたし、京都出身の佐々木だけにその発音から京都訛りから、全てに違和感がない。
その他の脇を固める人たちも続投。安心して見られる、古美術エンターテインメントだった。
作品に通底しているのは古田織部の「はたかけ」という名器が持っている「ゆがみ」である。織部の器も曲がっている。そして、だましだまそうとする全員が何らかのゆがみを持っている。歪みに善悪はあるのだろうか?と二人して問う中盤のシーンにこの作品のすべてが言い表されていると思う。
織部を詐取されたという謎の女性、それを手に入れた(女性からではなくもともと贋作師の作ったもの)骨董屋、裏で偽物を作って海外に流す国家組織の長、大した眼力もないのに鑑定を請け負う専門家……出てくる人物は程度の差こそあれ、等しく曲がっている。唯一、曲がっていなかったのは、曲げさせられようとしていた陶芸王子こと山田裕貴演じる陶芸家ただ一人だったところにこの作品の救いがある。
なので織部の茶碗がずらずらと出てくる終盤のクライマックスには、度肝を抜かれたし、そこで糾弾される自己中心的な骨董屋・嵐山堂の店主と自分も嵐山堂にしてやられた中井貴一演じる骨董店主との作劇はうんうんとうなづかせてくれるものになっている。
上手い役者がそれほど存在感を出しているわけではなく、お気楽に見てやってくださいね、レベルの作品だが、例えば中井貴一がうんちくを垂れるシーン、館長役の塚地が述べる長台詞とかにこの監督の矜持が詰まっている。語る人がいることで、厚みを持たせようとしたことは十分にうかがい知れる。
ラストの〆方も堂に入っている。この結末自体も度肝だったが、もっとすごいのは、「つづく」(かも?)にしてある点。しかし、フォーマットが決まりつつあるこの作品、もう一作くらいは作ってそれをラストにしたらキレイに納まるんじゃないか、と思ったりしている。

2020.1.24 普通に見れる 「記憶屋」鑑賞記

ラストレターは、正直あんまりだった。すでに書いてあるのだが、広瀬すずと、森七菜の好演なかりせば、80点台は難しかったかもしれない。その大半を占めるのが、姉のふりを、一度ならず二度も繰り返す妹・裕里の身勝手にあるし、また、それがそれほど深耕しなかった(乙坂との間も不倫や別方向に行くこともなく終わってしまう)ところにもやもやとしたものを感じたからである。

1/17同日公開となった、「記憶屋」は、優先順位をつけてしまった手前、「ラストレター」より後塵を拝してしまった。それでも、それほど大々的に評価が上がっているわけではないけれど、2週目の落ち着いた時間帯なら、とばかりに劇場に向かう。
松竹配給ということもあり、久しぶりの神戸国際松竹に。「ポイントたまってて無料で見れますが」のカウンター嬢の求めにややにんまりして、財布の中を減らさず鑑賞することに成功する。
2週目だからか、時間帯だからか、館内は実に閑散。それでも主役のファンらしい10代後半の女の子3人組が彩りを添える。20人弱の鑑賞で平均年齢は30代前半。オッサン・おばはん層が少なかったのが幸いしたとみられる。
ストーリーは、広島弁をしゃべる山田涼介演じる大学生・遼一と、後輩ながら、同郷の幼馴染・真希が一つ屋根の下ですでに同居しているかのようなびっくりするシーンで幕を開ける。当初「妹かな」とおもっていたから、この設定自体が斬新だった。だから最初、二人して学校に向かうシーンなんか、どう見てもきょうだいっぽく見えていたのでそこに実際のずれを感じずにはいられなかった。
そんな遼一に、悩みの種……なんかで済まない事態が訪れていた。将来の結婚を誓ったはずの彼女が、遼一の記憶をすべて失っているということなのだった。きれいさっぱりなくなっている彼女の動きを見て、遼一は都市伝説でもある「記憶屋」の存在にどんどんはまっていく。
その状況が、講義にも出てきてしまう。しかし、その考え方に興味を持った弁護士の高原と遼一は関係を持つことになる。
広島での真希の祖父との対面、別の強姦事件の被害者の存在、そして彼女が記憶屋に接触したという彼氏の証言……徐々に記憶屋の正体が明らかになっていく。果たして、記憶屋は誰だったのか?そして失った記憶を遼一は取り戻せるのか?

ファーストインプレッションは、なんと「ラストレター」より高い92点となった。
だって、どこにも脚本的な突っ込みを必要とする部分がなかったからである。例えば、「ああ、そりゃそうだよね」となった幼少期の真希の記憶がすっぽりないところとか、弁護士の秘書でもあった七海が遼一の依頼をすっかり失くしたところで「ああ、そういうことか」と気づかされるわけで(まあ、ここは関係のない、事務所で待っとけ、という高原の指示まで忘れたことになっているので無理筋な部分ではあるけど)、真実に迫っていく過程というものがそれほど急峻だったり、大どんでん返しだったり、がないあたりにすんなりとしたものを見出したからでもある。
幼なじみの真希が「そこまで」立ち入ってしまったところに彼女のわがままぶりが見て取れるわけなのだが、それはずっと一緒に居る時間が長かったからともいえるわけで、最後のカミングアウトからの遼一と真希の数分間の対峙はいい芝居だったと思う。
ストーリーの進め方はすごくうまいのだ。例えば記憶屋のプロファイルには、「彼は脳外科医かも」「緑のベンチに座っていたら……」という情報が記載されているのだが、高原は病院で緑の椅子に座っていたし、彼の主治医は脳外科医の福岡(杉本哲太)。ここでうまく誤認もさせてくれるのだ。
もともとはミステリー小説とされる原作。それを謎解きではなく、記憶屋の心情にも寄り添い、ヒューマンドラマっぽく見せ方を変えたところは監督さんの手腕だと思うし、そのちょっとした改変は原作未見層が大半である映画ファン層にもぴったり来ていたと思う。
そして時代考証もぴったり来ていた。15年前の幼女誘拐事件で使われたのはMPVの2次・後期型車。これの走っている時期は2003-2006。舞台の時間軸は2019.12なので、2004年発生。おお、車両とかで時代をしっかり描けているのは好感が持てる(当時のパトカーでマーク兇鮖箸辰燭△燭蠅皀櫂ぅ鵐塙發)。まあ、広島舞台だし、車両提供にMAZDAが関わっているから、悪役の乗る車両もこうなったんだろうけど、「長いお別れ」なんかがその時期には設定されていないナンバープレート車をホイホイ出してきてしまうのとは、大違いである。

結構長く書いてしまったが、言いたいことは「俳優とかの演技より、しっかりと背景や小道具、演出ができているからそこそこに見ていられる」というところにあると思っている。山田/芳根両名は年齢なりの演技だし、何だったら、自然体で演じていたような雰囲気すら醸し出す。片意地張らない自然っぷりがいい味だった。高原役の佐々木蔵之介、脳外科医の杉本、そしてキーパーソンである田中泯と、脇役で見させられている部分も大きい。
はまらなかったラストレターよりよかった「記憶屋」。映画って、やっぱり見てみないとわからないものである。

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