1980年代、スーパー業界は、百貨店の売り上げを抜くというエポックメーキングな出来事に遭遇する。その先駆けを行っていたのがダイエーである。
しかし、1995年の阪神淡路大震災、その直前に行っていた、忠実屋とユニードの合併を端緒に、バブル期の遺産を抱えて、いったんは産業再生機構入りするなど、はっきり言ってこの時点で「死んでいた」と評されても仕方ない。

そう思うと、よくもまあ、市場から退場を宣告されずにここまでおめおめと生きながらえていたものだ、という風にも解釈できる。最悪の結果=民事再生法の適用を逃れてここまでやってこれたのだから、このまま細々とでも生きながらえるのでは、と高をくくっていた小生も、反省する部分が多々ある。

というわけで、ダイエーのイオン化は、とうとう現実のものになった。そして、それはいわば、引き返せない「片道切符」同然の状況であるといわざるを得ない。
何しろ屋号が消えると断言されているのである。仮に、黒字を生める企業になり、再上場できるとなったとしても、どんな社名で登録されるというのか…。
確かに2018年を目途に、なんていう文言が見られたのだが、遅かれ早かれ『なくなる』のは既定路線。しかも、完全に北海道と九州は地域のイオングループに飲まれることも決まっている。100店舗台前半になってしまい、完全に体力を奪われるこれからのダイエーに、上場などという言葉はとんでもなく似つかわしくない。

最盛期を知っている、そして、それからの右肩下がりにずっと随伴している当方としても、この結末が信じられないのと同時に、「世が世なら、当時のジャスコを食べていたかもしれないのに」と思わずにはいられない。
中内功、という人のカリスマがなくなってしまったら、存在価値すらも毀損する…強力なリーダーシップあればこその会社だったのだな、と感じると同時に、彼がもし生きていたとしたら、ここまでの悲劇的な結末にしてしまっていただろうか、と思わずにはいられない。

2014年12月26日・・・。上場廃止日はダイエーの「命日」である、とは言い過ぎだろうか…