多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

小ネタ

「君の名は。」を深掘る (8‐2)噴出! 小ネタ集(その2)

前書き省略。引き続き、小ネタを上げていく。

・新幹線の座席配置が逆、もだが!(4/23 追記)
山側(下り進行方向だと右側)が2人席、海側が3人席なのだが、名古屋(下り)に向かうのに、画面向かって左側(進行方向に向かって右側)の3人席に座っている瀧御一行様。まあ、これは既に指摘されている事柄。
だが、伊達に回数だけ積み上げたわけではない。車内アナウンスに注目した。
なんと、田園風景が流れている車窓を尻目に、『途中の停車駅は、品川、新横浜、名古屋、京都です』と、機械音声が告げるのだ。またしても、変な事象に出くわす。
品川が入っている、ということは東京駅を出た直後、というわけだ。言っとくが、首都圏の、それこそコンクリートジャングルの中を走る東海道新幹線。それなのに背景は明らかにのどかな田舎のような風景。もちろん、新横浜−名古屋間ならこういった風景はまああり得なくもない。ということは、明らかに品川、新横浜は停まった後、と言える。なんですでに停車を済ませた駅をアナウンスするのか、と思わずにはいられない。

・鉄ちゃんサイドから飛騨旅行の往路を考える(4/23 精査の上、追記)
当方、毎年「ダイヤ改正号」は時刻表を買い求めるほどの鉄道ファン・・・鉄ちゃんである。とはいえ、その情熱も何もかも大幅に失われつつあるのだが、列車の描写に定評のある新海監督なだけにどういう描かれ方をしているのか、は非常に興味があった。
飛騨旅行が計画されたのは2016年10月21日の金曜日。瀧の出発時刻は「普段の通学よりも早い時間とあって、電車は空いていた。」(p.110)とある。ここで当方は、下りの始発、もしくは6時/7時台の新幹線を想起したのだが、「新幹線の自由席は、ほとんどがスーツ姿のサラリーマンで埋まっている」(p.111)とある。実際の画像の乗車率は、頭があまり見えなかったので低めとしていたが、実質8割強。ただ、自由席車両だったとは知らなかった。
その後、最寄り駅と思われる飛騨古川に向かう一行。飛騨古川に停車する「ひだ」は、3号/5号/7号/11号(以後は夕方以降の停車となり除外)。
そして、列車の特定に至る最重要シーンを発見する。タクシーに聞き込みをするシーンで、後方の時計が1時半過ぎを示していたのだ。これに該当する列車は、「ワイドビューひだ 7号」(飛騨古川着 13:28分程度/ダイヤ改正の度に数分程度の早着・延着はあるが、大筋でこの時間帯に到着している)しかない。
ここから逆引きすると、意外な事実が明らかになる。
「瀧はそんなに早く家を出る必要がなかった」という点である。ひだ7号に乗るためには、名古屋にはせいぜい10時についていればいい(名古屋発は10時48分)。言わずもがな、東京−名古屋間は『のぞみ』であれば1時間強だ。ところが、名古屋駅の在来線の地下通路を歩く3人が映っているそばには、出発の電光掲示板が表示されていたが、そのどれもが9時台を表記していた(10番線側は9:46 中津川・11番線(画面向かって左側)の表記はなんと、9:24の中津川行であった。そして、重大な事実をまた見つける。旅程の一日目は2016/10/21 金曜日。10番線から出る中津川行きは、土日のみ!!ここに、またしても現実と違う事実を見出だす)。11番線の時間表記があるので、少なく見積もっても、この通路を歩いているのは9時20分ごろと思われる。
当初の瀧の計画はこうだったはずだ。7時台の新幹線に乗り、名古屋発9:40程度の「ワイドビューひだ 5号」を捕まえ、飛騨古川には昼過ぎ・・・12時半過ぎには着いていたかったはずだ(2016.10の時刻表では、名古屋9:39→飛騨古川12:42)。
ところが、乗り換えにちんたらした挙句、当該列車に乗り遅れる。瀧が名古屋駅の通路で一人大慌てだったのはそういう意図があったからとみる。だから、その一本後の「7号」に乗り、飛騨古川には13時半少し前につくことができ、タクシーの聞き込みで背景として表記される時間・・・13:40分ごろが具現化できるというわけだ。
つまり「あまりに早く東京を出てしまった」うえに、「乗継に失敗して、名古屋駅で大幅な待ち時間が出た」と思われるのだ。
映像の順序は小説も準拠しており、いきなりタクシーに聞き込みをしているので、このタイムテーブルで確定していいと考えている。

本来は「深掘る」ネタ?と見まがうレベルだが、まあ、小ネタ扱い、ということにする。
→一部、外部ブログでの映像(ZIP! 番組のキャプチャー映像)を参考にしましたので、謹んでリンクを張らさせて頂きます。

解析結果: 
名古屋駅で乗継に失敗し、「ワイドビュー ひだ 7号」に乗って移動。飛騨古川着は13:28頃。これなら9時前東京発でも十分間に合っていた。

・入れてほしくなかった「あの」へしゃげた物体
場面は、破壊の限りを尽くされ荒廃した糸守町を眼下に望む元の糸守高校のグラウンドで一同が新糸守湖を見下ろすシーン。ここで破壊の程度を示す3枚のビジュアルが提示されるが、よりにもよって、3枚目に哀れ、JRの車両2両(しかも一両は、単色ではなく旧急行型色の塗りわけがあった)が完全にぺしゃんこの状態で描かれている。
これがある、ということはJR東海の車両も巻き込まれた、とみるべきであり、ここで死者が出ていないのだとすると、とんでもない奇跡のように映る。
参考意見:当方の時系列解析では、「誰も死んでいない」という時間軸が正しいとしている。よって、当時の乗客乗員も連絡を受けて退避していたと思われる。ただ本来なら列車ごと引き返すか突っ切るかすればよかったのに、それをしなかったのはなぜかはわからない。
気動車だから電力がなくても運行は可能だろうが、電気がないと困る信号や踏切/無線などに支障をきたすはずである。避難に必要な2時間前…6時過ぎに"事故"が起こったとして、状況を把握するのに1時間程度。運行を始める前に役場からJRに進入しないように連絡が行く可能性もなくはない。つまり「巻き込まれない」こともあり得る=死者も出ない と言える。
確かに高山本線が走っている地域でもあるのだが、実際の駅の描写は、東京行を決めた三葉が、「美濃太田」行きの気動車に乗り込むシーンだけ(架空の駅でもあるが、乗ったとすれば、該当する列車は一本だけ。猪谷発6:07→美濃太田9:38)。原子力災害でもないので高山線の復旧もされていてしかりなのだが、そういったことは脇筋も脇筋。だったとしたら、あえて気動車の被災しているビジュアルはない方がよかったのに、と思う。

・どこからやってきたのか???を含む2016.10.22のご神体関連の謎(6/9 追記)
今まで書こう、書こうと思って、素通りしてしまっていた題材がこれである。
,歓逝里魄呂狄紊燭泙蠅砲蓮△覆爾魚が存在している!!
魚なのかの断定は難しいものの、水生生物がいることは間違いない。2013.10.2の三葉が訪れた時は、水はたまっておらず、小川のように表現されていた。一気に雨が降ってしまったため、排水が追い付かず、たまってしまった可能性はあるにしても、あの閉鎖的な場所にどうやって魚をはじめとする生物が到達したのかは、謎である。
△修發修發△修海泙膿紊溜まるのか???
たった3年で何かが起こったのか?ご神体を囲むようにちょっとした湖を形成しているようにしか見えない。実際、瀧は画面上、腰上まで水に浸かって渡り、ご神体にたどり着いている(実はここも作画ミスが指摘されるところ。濡れてズボンの色が変わっているのはひざ上までであり、直前に最深部を渡るときに腰上近くまで水に浸っているのとはずれが生じている)。小説の中では、・小川は、池ほどの大きさの水たまりに ・胸元まで水に浸かって渡り切る(要約/p.141-142)とあるのだが、取り囲むように円形に水が溜まるような地形にもともとなっていたかどうか…また、瀧の身長を170僂伐渉蠅垢襪函仮に胸元ならメーター越え。腰上でも一メートル近くはたまっている計算になる。ここの部分は、それほど題材もないと思ってスルーしていたところなのだが、DVD・BD入手後に再調査をしてみたいところである。

・なぜ落下時刻は「8時42分」だったのか?(5/19 追記)
もう「本当に」考えるべき項目はないと思っていた。でも、気になる数字がある。

  2013年10月4日   午後8時42分。
実に中途半端で、面白い並びである。8−4−2。2の乗数の順番か?…
くらいにしか考えていなかったから、この数字に意味なんてあるはずないと思っていた。

だが…もし意味がある数字だとしたら?そう思って、この数字をひっくり返し、並べ替えてみる。

2−4−8。時間に直すと、午後2時48分…

ヴヷッッッッッッッ
何か背中を冷たいものがゾクゾクッと走ったのを覚える。そう。東日本大震災の発災時刻ってこのくらいではなかったか…調べる。WIKIには発災時刻(地震の発生時刻)は2011年3月11日 午後2時46分と書かれている。
はぁ、又外れか…うむ?
2-4-6。頭2つはぴたり符号するぞ!!

仮説:
東日本大震災の発災時刻の逆=「んなもん適当や」といった変電所の爆破時刻=2時間前、と考えるとなかなかいい推理とする。

ちなみに役場の部屋の中で右往左往し「誰がしゃべっているんだ」とイラつかせながら独り言を言っていた町長の背景の時計は6時45分。だいたいあっている、と考えて間違いない。ていうか、「んなもん適当や」といった割にきっちり2時間前に爆破できるとは、テッシー、なかなかの策士である。
そう。変電所爆破の結果起こる停電は「地震」、隕石で起こる災害は「地震の後にやってくる津波」と考えると、まさに監督が言っていた「東日本大震災を下敷きにした」こととバッチリ符合するのだ。
もちろん人為的な爆破を自然災害になぞらえることは少し違っているかもだが、劇中死者を出したのは隕石落下の「セカンドインパクト」が原因。それを避けるための前兆という意味合いもあるとみる。

・口噛み酒トリップの描かれ方に注目。(1/27 追記)
解析厨であってもなかなかこの視点にはたどり着けない、と自負したい点が見つかってしまった。
何を隠そう、口噛み酒トリップの描写である。我々は、これを「誰の視点で見ているか」ということを一切飛ばして、「三葉の記憶」という都合のいい解釈で済ませている。
ところが、彼女の記憶、であるならば、三葉は本来映り込んではいけないのである。彼女が見たものが記憶として描写されているのだから。
ここで「ああ、なるほどっ」と膝をたたかれる人も出てくるだろう。東京に行くと言っている情景(背後からのアングルでしたな)、祖母である一葉に「お願いがあるんやけど」と言っているその姿をだれが見ているというのか?
もちろん、これは、正直私が意地悪なのである。三葉の見たままを描いたならば、こんな客観的に理解できる映像が次々に映し出されるはずがない。口噛み酒が映した彼女の情景。そう理解するのが本筋であり、であるが故の口噛み酒トリップなのだ。

・うまいねぇ、と感じさせる「走り方」
クライマックスシーン。ご神体の上を走り回り、お互いを探しまくる二人。だが、三葉には瀧が、瀧には三葉が入っている。このときの二人は、お互いの精神状態まるだしで走っているのだ。つまり、三葉は男の子のように若干ガニ股で、瀧はおしとやかに、といった感じだ。もちろんオーバーな表現ではあるのだが、それがわかっていて彼らの真剣な走りを見ると、少しだけクスッと来てしまうから面白い。

・勅使河原の自転車に関する発言
父親の説得に失敗し、「三葉なら……説得できたのか?俺じゃだめなのか?」(p.176)と自問自答する三葉の中の瀧。そこに一同が会する。どうしようか悩む三葉(瀧)に、ご神体の映像がありありと浮かぶ。向かうと決心した三葉は、勅使河原の自転車を借り、ご神体まで向かう。
途中の山道で自転車はがけ下に落ち、壊れてしまう。そこから、女性の駆け足で山頂を目指す三葉が描かれる。
そして場面は、瀧との出会いを終え、組紐をバンダナ風に巻き上げた三葉が、変電所にたどり着き、そこでバイクに乗った勅使河原と合流するところ。
 三葉「自転車壊しちゃって、ごめんやって」
 テッシー「はあ?誰が?」
 三葉「私が!」(p.211)
ここは、勅使河原が「どこに」びっくりしたのかが分かれ目になる。
1.『壊れるような乗り方って、なんや、それ』
壊したのが「誰が?」と問いかけているのだとしたら、納得いくといいたいところだが、この文脈から考えて、貸したのは三葉以外でないのだから、聞くとすれば「は?なんで?」となるのが普通である。
2.「自転車壊れた?何言っとるの?」
この文脈の方がより正しいとみる。17歳の瀧と出会ったことで歴史が動き始めており、すでに起こっていた2013.10.4とは違う道筋をたどりつつある。もっと正確に言うと、17歳の瀧が2013.10.4に着地した時点から動いているともいえる。その過程で、「自転車を貸した/借りた」の記憶があいまいになっていることは十分に考えられる。
3.今からしでかすことに比べて取るに足らないことを強調したかった。
自転車は所詮私物。ところが今から爆破しようとするのは公共物であり、立派な犯罪である。「そんな細かいことはどうでもええ」という意味合いで発した、とも考えられる。

・「あの人の名前が思い出せんの」からの右手を見なかった三葉
感動のシーンに水を差すようで恐縮だが、またしても見つけてしまったのだw

「目が覚めてもお互い忘れないようにさ」
あの時君はそう言って
「名前書いておこうぜ」
私の手に書いたんだ。(p.227)

今だから言えるけど、ここまで忘れっぽい三葉ちゃんだとは思いもよらなかった。ひっくり返ってあの愛おしい人の言葉を思い出すまで、彼女の記憶から右手に書かれたことも何もかも、消えてしまっているかのようなのだ。
もちろん、事態は急を要していた。遅々として進まない避難計画。業を煮やしたテッシーは、叱責するように三葉に迫る。「あの人の名前が思い出せんの」なんて言われて「知るか、あほぉ」となるのは当然の反応だし、私でもそう言ってしまうだろうw
まさにあのシーンまで取っておくいやらしいまでの溜め。それまでに右手をまじまじとみる機会がなかったとはいわせない(テッシーの原付に二人乗りして、サヤちんに携帯で連絡しているとき、携帯を持っている手はまごう事なき「右手」だ)。客観的に見てみると、結構いろいろ出てくるものだ。


・宮水神社の設立年がわかってしまったことによる疑問
ラストシーン手前。瀧が糸守関連の書籍を図書館で閲覧しているときに、宮水神社の設立年が446年と記載されている。この年代をどう判断すべきか。

これから分かることは、糸守湖ができる前から、このあたりには人が住んでいた、ということである。それは小説にもかかれている。なので問題はない。
ところが、私も参考にしているこの年表→こちら では、「2回」湖(糸守湖)ができていると書かれている。
これは、テッシーが見せてくれた、町の資料である、糸守湖の断面図を見ても"おかしい"と断言できる話である。同じ場所に落ちることなどありえず、ましてや1200年前と2400年前を間違える考古学者はさすがにどこにもいない。
ただ、「一回目」がご神体を形成したとしたらどうだろうか?これが納得いく話だと思われるのだが、小説では「山間の集落に落ちる。」(p.148)と書かれている。あの標高に人が住んでいたとは考えにくく(いや、100%ない)、2回落ちたとすると、一番最初の2400年前にはどこに落ちたのか、は小説の中でも劇中でも明らかにされていない。むしろ、劇中では前回の落下のみがかかれているようにもみえる。

仮説:
小説の書き方が間違っているとする。まず隕石由来による窪地→ご神体ができ、それを崇拝すべき神社ができる。その後湖を形成したティアマトが落下。これならすべてがうまく説明できる。

そうなるとおそらく形の残ったご神体とされる隕石の上に茂るご神木は、樹齢1000年越えは確定してしまうのだが、これはいくらでも否定が可能である。建立資材に使った/何度も枯れたりして、現在のご神木は3代めくらい/標高が高いので育ちが悪い などなど。
小説ではまず湖形成(1200年前)→もう一回落下、で整われているのだが、この順序だと、確かにご神木の樹齢だけはつじつまが合うが、別の彗星/隕石落下が起こったとしないと周期的におかしいし、さらにご神体の形成が、神社設立よりかなり後ということになってしまう。仮説の域を出ないとはいっても、この説をもってでないと、全てがうまくまとまらない。

・ラストシーン直前に書かれている人物たち
二人が歩道橋ですれ違ってから「ダダンダダンダン・・・」(ターミネーターではありませんよwwww)と、「なんでもないや movie edit.」がかかり始める。図書館で調べ物をする瀧。夜が明けるシーンにかぶさるように季節は春を告げる。桜吹雪舞う町中。営みが普通に描かれる。花屋の店員、牛丼屋で食べる女性、ローソン(製作委員会に入ってますからねww)でレジをする店員、ゴミ出しするロングの女性(後姿)、新居を探しているかのようなカップル、そして、高校生になった「四葉」・・・

そのいずれもに既視感を禁じ得ない。そう。全員糸守町/高校にいた人々である。牛丼屋/ローソン店員(手前)/ゴミ出し女性は、三葉に事あるごとに絡んでいた男(松本)と、女性二人である。不動産屋の店先のカップルは、もちろんサヤちんとテッシー(ただし後ろ姿)。では、花屋の店員は…?
彼も実は同じクラスメイトだった。場面は、絵画の時間。手前から三葉、サヤちんと並んで描いていたわけだが、そのサヤちんの奥で描いていた、黒ぶちメガネの彼こそが花屋の店員なのである。

ちなみに「かなりはっきりと描かれていながら、だれなのかわからない」人物が一人いる。それは、三葉とテッシーが避難を呼びかけようとするシーン。
「あの人の…あの人の名前が思い出せんの」と三葉が言っているそばに、背後から近寄り画面を横切る男性である。まるでカメオ出演するヒッチコック監督のように。
それから、いろいろ情報をまさぐっていると、RADWIMPSのお二人が出演していることも明らかになる(今頃か、という声はなしwww)。本日クレジットでも確認した(声の出演、最後のお二方)。

遂に2017.6.9、近畿圏での上映が終了した。画像をもとにいろいろな小ネタをまさぐってきたこの企画もそろそろ終了となりそうである。
改訂記録
2017.5.13 2タイトルに分離。一部文章修正。
2017.5.19 項目(発災時刻考察)追加。
2017.6.9 ご神体関連の項目を追加。宮水神社設立に関してはほぼ書き直し

「君の名は。」を深掘る (8-1) 噴出! 小ネタ集(その1)

2016.10.1に初めて観て、その世界観にやられてしまった小生。とうとう25回という考えられない鑑賞回数を数えることとなった。
それだけ見ていては、実は『矛盾点』や「おかしなところ」、作画ミスと思しきところも見つかってしまうのだ。
もちろん「わかってあえて間違ったふりをしている」ところもあるだろうが、それも含めて、当方が見つけた、「こ、これはっっ」といえるような、トリビアやネタを上げていくことにする。

それにしても、当方が某アニメーションを徹底解析したときと同じように、出てくる出てくる。一応『これで終わり』と思いたいが、草稿からすでに6,7回書き加えたり修正しているが、収まる気配が見当たらない。
DVD/BD観てまたぞろ気づくのだろうが、遂に迎えた「2017.6.4」の27縄目が〆縄となった。そこまでで書き漏らしている一部の部分も含めて、小ネタ/おかしなところを書いてこの項も完成とする。
※基本的に登場順にはしてあるが、項目として挙げたところについては、順序が異なる場合がある。

・オープニングは情報満載っっ
満載過ぎて、本当の映像を携えてないときっちり漏れなく描き切ることはできない。ただ、「三葉は成長して大人になる」ビジュアルを見るだけで(もっと正確には彗星落下の後のすぐの場面で、東京で一人暮らしをしている三葉の出勤シーンがある)、悲劇的な過程はあってもハッピーエンドを想起できる。

・オープニングのラストの二人の動きに着目(4/12 追記)
夢灯籠が流れ終わる刹那、組紐に結ばれたかのような二人が、画面の外に向かって駆け出していく。(表記的には新海 誠 がババーンと出て、音響的には「君の名を今、追いかけ―るよ」ですとんと終わる。)ちなみに三葉は画面向かって左に、瀧は右に向かってフレームアウトする。残っているのは彼らの下半身、駆け出す感じの足の動きと組紐だけ、という状況だ。

このときの二人の動きに何か「意味があるのでは」ないかと思い続けて、実に半年。20回もの視聴を越えてですら、その画面での二人の動きの意図に今の今までたどり着けなかった。
だが、面白いもので、分かってしまうときは突然なのだ。二人がご神体のクレーターの上を走り回るシーン。三葉は左から右に走り、瀧は右から左に向かって走り、すれ違う。その結果、立ち位置は、向かって左に瀧、右に三葉、という配置になっている。

ここにも、そんな伏線を張っていたとは驚きである。ケンシロウに秘孔を突かれたくらいの衝撃を仕事中に感じ、慌ててブログを起こしているといった感じだ。
すれ違い別れるようなオープニングの二人。クライマックスでは向かった方向から駆け出しすれ違い、お互いを確認しようとする。もちろん、時間がずれているから逢えようがない。手を伸ばす。そこにいるはずなのに、手ごたえ無くなにもつかみきれない右手。我々も「そりゃそうだよね」と思わずにはいられない。奇跡なんか…
それがカタワレ時で可能となる。もうここで感極まる人もいることだろう。

だが!!!
手練れの新海氏は「もう一度」同じシーンを畳みかける。それがボタ雪の降りだした歩道橋のシーンだ。全く同一方向から向かい合う二人。すれ違ったときに風鈴まで鳴る。時間軸が同一になっているにもかかわらず、お互いがお互いを認め合えないもどかしさ。このすれ違いのシーンは特に「秒速5センチメートル」でも使われており、結果その映画ではそのままに放置されている。

歌詞にもある「追いつく」「追いかける」「追い越す」・・・。いやはや、これにはまいりました。

・協賛していないはずの会社製品がほぼデフォルメなしで登場している不思議
エンドロールでも、この作品には、いろいろな会社がある程度お金なり、協力したりして作成されている。CM繋がりのZ会(劇中の車内広告で確認できる)、栄光ゼミナール(Z会と同様)、そして製品がものの見事に出まくる明治(避難計画・コンビニでの買い物のシーンでは、FRAN/きのこ/たけのこ/マーブルチョコレートが確認できる)、電子地図のマピオンやゼンリンも名を連ねている。製作委員会に名を連ねるJR東日本やローソンは、そのものずばりがほぼデフォルメなく書かれている。
ところが、だ。瀧がベッドから起きる一発目のシーン。ベッドのそばには天然水がシレッと配置されている。宮守バス停のカフェは、まごう事なきBOSSの自販機。テッシーはレインボーマウンテンを、サヤちんはなっちゃんオレンジを飲んでいる。→実は、予告編では「プレボス」缶が自販機から吐き出されている。
→証拠動画。始まってすぐ/13秒あたりで確認できる
差し替えられたのは、プレボスが2014年発売だから。

勅使河原家の宴席には珍しいプレモルの瓶ビール。プレモルの缶ビールは、劇中でまくっている。しかも、彗星天体ショーのさなか、ある家庭でのシーンでは「トリス」まで確認できた。
三葉の入った瀧が、自分を知らせるために手のひらに書く「みつは」を書いたのは、間違いなくゼブラのマッキー。カタワレ時も同様だ。「うぬぼれるな!!」と赤で大書きしているシーンもあったが、あれは、ゼブラのマッキーの太/細で書かれたもので確定(ペン立てにその姿が確認できる)。
でも、実際、エンドロールには、サントリーも、ゼブラも確認できない。もちろん、サントリーに関しては、CM繋がりの部分があったりするので、次回作では、エンドロールに載ってこないとも限らない。だが、ゼブラの方は、一切そう言った関係を持っていないのだ。これは謎でもあるのだが、新海氏は、著名なコモディティをさりげなく使うことにあまり抵抗がないのかな、と思ったりもしている。もちろん、この映画の影響でバカ売れするほどのものでもないし、そんなことは今や世の中の人は忘れているはず。ただ、BOSS好き/筆記具はほぼゼブラな当方からすれば、なんか、監督さんと思考が似ているのか、と自己陶酔したりしている。

・ラーメン屋の軽、2013年町長選挙応援演説会場に出現していた。
2016年には瀧達一行を乗せている設定になっているあの軽。演説会場を立ち去ろうとする登校途中の三葉たちの背景として描かれている。
今頃で恐縮だが、ようやく車種を特定。→こちら2004年からモデルチェンジをしていないので、2013年当時にも存在していることも確定している。

・作画ミス
遂に入れ替わっていると思われる事象が語られる、3人での昼休み。
サヤちん「覚えとらんのぉ?(中略)制服のリボンもしとらんかったし…」
小説上では「私はその姿を想像してみる」(p.28)とあるが、映像上では、不気味に笑う三葉と、それをかなりドン引きで見ている早耶香・テッシーが描かれている。
だが、ここで三葉の胸元に注目。ちゃぁんとリボンはされているのだ。
実はこの描写、初見の段階で「ウワ、ミスってる」と理解できたほどのイージーミスだった。

・立花家の扉の怪(5/12鑑賞時発覚)
もう、この項目だけで「深掘れる」のではないか、というくらい、立花家の扉は、描かせてしまう内容満載である。瀧・関係者が扉を開けるシーンは4回。
‖蹐良秧討出ていくときのドアはレバー式
⊃隼拇戮靴峠个討るドアを、三葉の入った瀧はノブで開けている。
デートと知り慌てて出かけるときに開けたドアはレバー式。だが、開き方が今までと逆
せ依佞鵬颪δ樵亜⊇亢仍に開けた扉はノブ
「実に面白い」(ガリレオさん 談)。レバー式で描かれたのも、ノブでかかれたのも2回。しかも一回は、我々の鑑賞上では、逆に開くというあり得ない現象が起こっている。
もうね。いろいろと突っ込みどころ満載なのだが、結論から言うとこうなる。

結果:
デートに出かけるときに慌てて出て行くシーンがあまりにぞんざいに扱われ過ぎているところに疑念を抱く。ちなみにその時隣の部屋の扉も描かれているが、外から見て向かって左側にレバーがある。だが、レバー/ノブの差こそあれ、外から見て向かって右側にあることはこの一回以外は正解。ここは「夢を見とるな」で囲まれた場所に位置しており、この描き方が現実と違う・・・夢の中の描写とすればまだ理解できる。
よって、は、現実的ではない(わざと間違えて描写した)、とするならば、,、完全に描き間違いと理解できる。

・作画ミス?(5/29 追記)
これは意見が分かれるところだと思うが、三葉の入った瀧の初カフェのシーン。水の入ったコップがやたら比率的に大きく感じてしまうのだ。
ほかの客に出されているものを見てもあそこまで大きく見せているのは、若干おかしい。ちなみに内定社数を自慢されるシーンでも少しだけ水の入ったコップは大きく感じた。
もっとも、これは「観る人の感性」の問題であり、大きくミスとは言い難い。

・傷害事件も辞さないあの二人組の"魂胆"(3/31 追加)
イタ飯屋に難癖をつけてただにさせたあのチンピラ二人。だが、次の瞬間、カッターがキラリとひかり、不穏な空気が流れる。もちろん、終業後に瀧に刺繍をさせるためのスカート切りつけなわけだが、彼らのような詐欺師的な手法でただ飯を勝ち取る連中が、変質者同等の行為をすることに疑問が生じるのだ。
まあ強引にもほどがある「ピザに楊枝」は百歩譲るとして、もし手元が狂って足にけがでもしようものなら、いやでも彼らの犯行だと気が付く。被害が制服のスカートだけで済んだのは不幸中の幸い。そのあと防犯カメラの映像でも警察に提出してしかるべき措置を取っているだろうとは思うが、一歩間違えば流血の惨事もないとは言えない。
なぜそこまでの行為に及んだのか…ここはひとつ取り調べてみたいところである。
ただ飯が食えればそれでいいのに畳みかける行為。彼らの心の闇を垣間見たかもしれない。

解析結果:
傷害事件に発展する可能性を彼等が認識していなかったはずがない。ただ飯どころか「臭い飯」を食う羽目に陥ってでもあの行為をしなくてはならない理由が存在するはず。

・CWF、カメオ出演しまくりww
製作サイドが、映像で”遊ぶ”ことは、実写であってもよくあることである。ヒッチコック監督が画面で見切れるかどうかと言ったところで出てきたりするのは有名な話だし、クレジット記載なしでゲスト出演する俳優なんかもざらにいる。
このアニメーション映画を作ったのはコミック・ウェーブ・フィルムである。略称はCWF。実はこの名称があちこちに姿を見せているのである。
それは主に瀧の携帯のキャリア表示に現れている。ばっちりわかるのは、三葉の入った瀧がベッドの上で携帯を触り、日記を確認したり、写真を見たりしている場面。その他にも、一部携帯を触っているところで発見できる。
その次は、画面上での古川図書館。ここでは、URL表記が「CWF-SEARCH云々」と書かれている場所があり、サーチするサイトの表記がグーグル様を模したものになっている。
ちなみに2013年テッシーが重畳周波数を検索する際には、嘘サイトではなくなぜかGoogle様が使われている。ここは謎な点でもある。

・あ、こんなところにwwwww(5/12 発見)
瀧の携帯に日記を書きつけてご満悦の瀧に入った三葉。だが、次の瞬間、ノートに書かれた「お前は誰だ?」を思い出す。ふっと思った三葉は、自分の名前を瀧の手のひらに書こうと考え、左の手のひらに「みつは」と書くのである。
その時!!
奥に映ったマグカップのキャラクターに見覚えがあったのだ。そう。自画像とまで言うつもりはないが、新海監督のトレードマーク的な猫のデザインされたマグカップが置かれているのだ。→新海さんのツイッターのサムネイルがまさにこのデザイン!!
まあ、こういう発見こそ、小ネタというべきところでしょうな。でも25回目まで気が付かないというwww

・媒体に存在しない劇中の「前前前世」の存在
主題歌として挙げられる4曲。実は、movie ver.と銘打っておきながら、実際に劇中で流れているものとは似ても似つかないのが「前前前世」なのである。
「ニコニコ大百科」の前前前世の記述を読むと、劇中Ver.の存在が明らかになる(媒体未発表)。では、CDなどに収録されている曲をどうしてmovie ver.としたのか?
理由としては上記のニコニコ大百科上の記述を読んでもらった方がわかりやすい。

・作画ミス
物理的におかしなところはどうあっても直してもらいたいところ。
3人でご神体に行き、遂に!「ここから先はカクリヨ」「えっ」「あの世のことやわ」
そして四葉は「あの世やぁぁ」と屈託なく、小石を飛び越していく。
次のシーンである。
「此岸に戻るにはあんたらの一等大切なもんと引き換えにせにゃいかんよ」と言いつつ三葉に手を引かれながら小川を渡る一葉が描かれているのだが、一葉の足元に「影がない」のだ!
浮いているようにしか見えずかなりの違和感。これも実は当方初見の段階でやらかしたな、と気が付いている。

・うそぉ。誤字発見/確信犯?
「郷愁」という写真展を訪れる瀧と奥寺先輩。飛騨の写真が展示されている場所で瀧は、吸い込まれるように写真に見入ってしまう。実は入れ替わりがまだ続く状況(正確には既に入れ替わりは終わってしまっている)であったにもかかわらず、まるで失った何かをそこに見出したような表情だった。
このとき奥寺先輩から「今日は、なんだか別人みたいね」と言われるシーン。背景で恐ろしい文字を発見してしまった。

        山 陸
振り仮名として『SANRIKU』の文字もある。「そんなバカなぁ」とお思いのそこのあなた。是非ともスクリーンでご確認をwwwwww少なくとも、日本人ならこういう誤字はあり得ない。だが、「別の視点」つまりあえてこの文字にした、という言質も存在する。そのものずばりを提示せず暗喩とした、という見方である。そうした理由として、この写真展自体が災害で被害を受けた場所の「在りし日の姿」を展示しているとするならば…でもあえてこの文字にした理由がよくわからない。逆に三陸と正確に表示しなかった理由が知りたい。

これから先は、その2に譲ります。
改訂記録
2017/5/13 5/12の25回目鑑賞で噴出した部分を含めて記述。小ネタ集を2タイトル化。
2017/5/29 描き漏れていた部分を追加。
2017/6/9 サントリー/ゼブラの謎を追記。
2017/6/24 予告編での設定ミスを発見/記述(本編では修正されている)

<再掲>「君の名は。」を深掘る (8)最新版小ネタ集→さらにバージョンアップしました。

というわけで、ヘッダーは残しましたが、この二タイトル(量が多くなりすぎたので分割しました)に移行しています。

<移行先>
「君の名は。」を深掘る  (8-1)  噴出! 小ネタ集(その1)※飛騨探訪直前まで
「君の名は。」を深掘る  (8-2)  噴出! 小ネタ集(その2)※新幹線乗車から
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ