多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

映画評

2021.1.10 スクリーンでは3年ぶり? 「リズと青い鳥」6回目鑑賞記

私は、この作品の2018年の第一回目の鑑賞評として、これを結論に持ってきた。(斜体部抜粋/一部省略)

この作品・・・「リズと青い鳥」ほど、実写的な、いや、それをはるかに上回る映像表現力を持って世に問うたアニメーションは私は体験したことがない。(略)この作品を実写化することははっきり言って「不可能」だといっておく。それは、二人にどうあっても成りきれないからである。アニメーションがより実写的に人物を書いてしまった。亀さんではないが、「これは事件」である。

今の今まで気が付いていなかったのだが(それは円盤買って一息ついていたことも大きいか)、2018.6以来、この作品にはスクリーンで対峙していなかったのだ。自身のランキングを見返しても、19年・20年と、出てきていないのだが、「え?そんなに間が空いていたのか?」が偽らざるところだ。
だが、やはり、この作品を単体で見ても理解できるように仕向けてあるせいもあって、「誓いのフィナーレ」よりは客が押し寄せた。9割以上を男性ソロが占め、それだけで実に40人弱。女性ソロは数名程度で、男女比は9:1と圧倒的に男性優位。平均年齢は、ここではやや若年化したものの、それでも40代前半まで。良い作品は自然と客を呼ぶということが言える。

あまたのアニメーション映画に触れ、それなりに良い作品にも触れてきたつもりだったが、この作品だけは異次元だ、と今でも思う。架空の童話をもってきながら、それを現実の二人に"演じさせる"。しかも、それは自分自身を間違って見ていた立場の逆転を境に羽ばたくみぞれ、それを受け入れる希美という具合に見せるところがすごいのだ。

前段の設定が、観客に誤認を誘うところからして舌を巻く。リズとのことが大好きな青い鳥(の少女)。それは、今まで独りぼっちだったリズにとってもかけがえのない友人ができたに等しかった。独りぼっち……ここで観客はみぞれがリズだと早合点する。自由奔放な希美が青い鳥。だから、リズ(みぞれ)は青い鳥(希美)を離すまい、どこまででもついていく。「希美の決めたことは私の決めたこと」とまでに溺愛するのだ。
だが、立場が逆転する、二人の気付きは、あの演奏にすべてが言い表されている。今回も、ウワっという感情に捉われ、頬を涙が伝う。それだけではなく、フルートの悲しげな音にも涙腺が反応する。中学時代、みぞれを引き込み、自分は勝手気ままに動いていきながら、それでもみぞれからは慕われる希美。自分がみぞれを引っ張っていると思っていたのとは別の才能の開花。見切っていた新山先生の慧眼にも恐れ入るが、この演奏が魂の叫びであり、だからこそ周りをもざわつかせたのだった。

後の「誓いのフィナーレ」では、「みぞれの音を支えるから」と言い切った希美の力強いフルートの咆哮が、みぞれのオーボエをより一層際立たせてくれた。立場の倒錯、そこからの気付き。あの通し稽古では見られなかった希美の吹っ切れた演奏を知る上でも、第三楽章・ビフォーである本作品は重要だし、見ておかないといけない作品だといえる。

6回目のスクリーンだったわけだが、まだまだ語り足りない。二人に特化してはいるけれど、本当に二人が望んでいた未来はどこにあったのか?振り返った希美の顔は、どんなだったか? みぞれは音大に受かるのだろうか? シリーズもののスピンオフといってもいい作品でここまでの位置づけにできる作品はそうそう出てこないのではないだろうか……

2021.1.10 実は久しぶりの2タイトル 「響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ」2回目鑑賞記

MX4Dの煉獄さんを見てから後、向かうは、同一シネコンの「大コメ騒動」とアニメーション「銀魂THEFINAL」と思っていたのでそうスケジュールを組んでいた。
だが、よくよく考えると、塚口サンサン劇場の「京アニまつり」のことを失念していたのだ。
大トリは「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」なので、これは日参するくらいの覚悟を持っているのだが、年明けすぐの今の時間帯は、あの第三楽章の成長ぶりと、その前段が味わえる2作品となれば、新作を蹴っ飛ばすだけのプライオリティーがそこに芽生える。
「こんなこともあろうかと」電車一日パスをゲットしている私は、西宮ガーデンズから出るや、梅田方面行の各停電車の中の人となる。

北宇治の「音」が特別音響で聞けるとあって、ガチ勢諸氏の、あくなきまでの通路側・中ほどでの座席争奪戦は熾烈を極めている。当方は、控えめに後ろ寄りを選択。「リズ」も同一席が開いていたのでここに着席する。
「誓いのフィナーレ」は、テレビアニメの後日譚であり、一年生が大挙して入ってくる一方で、問題を様々に露出させていくという流れの中で、2年生になった黄前嬢をはじめ、部活を卒業していく3年生の吹部幹部たちの葛藤を描くものになっている。
久美子が2年生になっている、という設定は、実はすごく重要なのである。それは、先輩たる3年生の、それほどでもない実力の持ち主が上にいる一方、1年生は癖は強いものの、経験者が大勢おり、実際オーディションで選ばれているものも大勢いるからである。このかじ取りを調整役である2年生、特に久美子がやっていかなくてはならなくなった、というのがこの作品の見どころである。
「黄前相談所」なんて、奏から言われるシーンなんかが印象的だが、ユーフォを担当する3人の葛藤シーンはなかなかに見せる。言わずと知れたことだが、あの建物と建物を結ぶ通路は、いつでも重要シーンの背景に使われている。これが指し示すところは大きいとみている。
ズブ濡れの久美子と奏。このシーンは、2回目見ると、凄く重たい。物事を冷静に判断し、自分の意見は決して曲げず、客観的に見られる奏と、まだ自分がうまく定まっていない久美子。家庭環境や今までの部活での修羅場のくぐり具合の差が出ているシーンでもあるが、この大人びている考え方の奏には当初感情移入できなかった。
それもこれも、ラストシーンの感情の吐き出しで、ちゃらにはできているし、久美子の卒業がかかる(大団円か、そうではないか?も含めて)最終章の行方にもかかわってくるから、うまくつなげてくれていると思う。
第三楽章・アフターは、鈍感な人が聴いても、リファインされているとわからせるところもすごい。「リズ」の通し稽古からさらに力強くなったフルートの音色を聞くだけで、希美の葛藤と、血のにじむような、みぞれに追いつきたいと思う意思を感じ取る。これを聞くと逆に「リズ」本編のあの弱弱しいフルートが余計際立つし、彼女の心情もより浮き立ってくる。
ダメ金でもいいじゃないか。と、優子は最後に部員に鼓舞する。これこそが「誓いのフィナーレ」なのだ。良いサブタイトルだと思いつつ、本番に備える。

2020.4.5 「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ

コロナウィルス禍がやまない状況で、とうとう劇場でも資金力のないところでバタバタと閉館(事業継続断念)が発表される雰囲気に陥っている。
→すでに石垣島の映画館(開館からわずか一年半余り)が営業休止をツイッターで公表した。こちら
新作が壊滅的/公開できる作品は小品やヒットなど望むべくもない作品/よくて旧作のヒット作 という状況では、かければかけるだけ赤字は避けられないとみる。それでも、例えば地元の根強いファンに支えられているなら何とか存続もありえるだろうが、田舎の小さな箱では、箱の維持が限界で、従業員など雇っていられないのが現状だろう。

それでも映画はやってくるわけで、上映しないで積みあがっていくばかりではどうしようもない。見たいと思える、配給の強くない映画にこそ活路を見出さないといけない状況だ。
ホセ・ムヒカを描いたドキュメンタリー映画が、期せずして同時期に公開となっていたこともあり、気にはなっていた。ちなみに日本主導で作られた方は4/10から延期になってしまった。今回は外国人の監督が取った、2015年3月1日退任までのほぼ1年間を追いかける形のドキュメンタリーだった。
彼の人となりを上っ面しか知らない(大統領になって有名なスピーチをする輝かしい功績)我々にしてみれば、この映画で彼が、元反政府組織の構成員であり、さらに何度も投獄と脱獄を繰り返していた犯罪者であることを知ってしまうことである。実は、私も、品行方正、虫も殺さないような、ただの農家出身の政治に興味を持った人が大統領まで上り詰めたと思っていたからこのギャップにはしてやられる。
取材中、彼はものすごい発言をする。
『その時の善が悪にもなり、また悪が善になることもある』
見方で善悪は変わるというのだ。映画「ジョーカー」で我々に突きつけられた、正義とは、悪とはをここでも提示して、我々に深く問いかけるのだ。
もっとも後悔することは、と聞かれた彼は「子供がいないこと」と述べた。夫婦生活は長いかもだが、獄中生活が壮年期まで続いていたのだから、子どもなど望むべくもない。だからなのかもしれないが、彼は後進の育成や教育に没頭することになる。月1000ドル、「世界でいちばん貧しい」とは確かに所得だけ見ればそうなのかもしれないが、彼ほど国を想い、国の未来を考え、民に寄り添えている為政者はそうそういないのではなかろうか?

ドキュメンタリーは採点外としているのだが、ご多分に漏れず本作も採点はしない。
2015年3月1日の大統領の継承式の恐るべき人出と、その熱狂ぶりを見るだけで、彼がいかに愛されていたのかをうかがい知ることができる。ただ、誰しもに好かれていたわけではなく、インタビューの途上に大統領に喧嘩を吹っ掛ける初老の男性の映像も映してある。功罪相半ばする大統領という地位ながら、そこにあるのは慈しみに満ちた表情と、決して自分が富んではいけないという自戒である。
何といっても、時々で流れるタンゴがいいのだ。ラストで流れる哀愁歌は、日本で言えば演歌同様。歌に支えられていた人生と感じることもできる。
ドキュメンタリーであり、なにかすごいドラマがあるわけではない。でも、置き忘れていた何かを彼は教えてくれる。

この後、いわゆる「緊急事態宣言」が出そうなこともあり、当方も映画レビューそのものをしばらく封印しようかと思っている。今の堅苦しいご時世で映画を見ても面白く感じないからでもあるが、なんといっても、劇場が閉まってしまうのでは見たくても見れないからである。
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