多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

最終話

最終回考 

連続テレビ小説「あまちゃん」が好スタートを切った模様である。
ダイビングを趣味としている小生としては、素潜りの演技を始め、何と言っても被災地が舞台のひとつ、ということもあり、ここはひとつ見ておかねば、と思っている。なにしろ今回の脚本はクドカンこと宮藤官九郎氏。どんなストーリーにしてくれるのか、今からどきどきである。

そう思うと、「家政婦のミタ」で一躍その名をとどろかし(それまでにも結構名作/賛否両論作は作ってきた「前科」あり)、勇躍「連続テレビ小説 純と愛」の脚本を担当した遊川氏だが、最終回で何とか関東で視聴率20%越えを達成できたものの、全体的には不評で、結局ドラマとして完結した風には認めにくい結末になってしまっていた、とは、先のブログでも評したとおりである。

タイトルにあるので途中のあらすじなどはほっぽりだし、「最終回」というものに限定して話を進めたい。
視聴者が求める最終回像。それはとりもなおさず「ハッピーエンド」である。インドの映画ではバッドエンドが禁止されているというくらいなので、インドの方がこのドラマの最終回を見たら卒倒するかもしれない。仮に余りよろしくない終わり方でも、「余韻を持たせる」「感動させる」方向に持っていくのが常套である。

ところが、この作品では、やるべきことが山積している中で純の決意表明と言ってもいい一人芝居をさせている。勿論、その前に母親によってスイッチを入れられたという側面はあるにしても、いまごろかよ、という感はぬぐいきれない。しかも決然と内心でつぶやくのではなく、本当に声に出している。もう、この時点で、「ハッピーエンド」といえる素地は潰えたと確信した。
後は、眠れる「王子様」に最後のキス。ここで本当にラスト一瞬でも目覚めてくれてたら一気に涙腺崩壊だったのだが、それすらなく、腕の反応が多かっただけ(握られていないほうの手も動いていたから、この後・・・ということにしたいのかも)。結局起きたかどうかの「確認」は彼女しかできていないと見るべきで、われわれ視聴者は置いてけぼりである。

もしこれが、夜のドラマだったり、映画だったら、時間も限られ、仮にそのような中途半端/視聴者無視のエンディングにしたところで波紋は少なかっただろう。しかし、半年間/151回なので2265分=37時間と45分釘付けにして、最後のハッピーエンドを期待していた層にしてみれば、「私の半年を返して」といいたくなる欝な、というかよくわからない(どうとでも視聴者が想像できる)最終回にする必要があったのか、ということである。そして、今回の件に関しては、当方も同意見である。

必ずしも最終回/ラストシーンはハッピーエンドで終わる必要はない。しかし、彼女が最初に表明した「まほうのくに」は結局仕上がらずに終わったままだし<最後の最後の写真館で営業しているように見せてはいるが、まほうのくにの社長にしては笑顔がなさ過ぎ>、勿論愛の姿が見えていないことから彼はそのままの可能性すらある。
朝の始まりをドラマで始めている層にしてみれば、この破綻してしまっている最終回と最終週は、本当に見続けていて良かったのか、を自問自答させられる奇妙な時間帯だったといわざるを得ない。 
「終わりよければすべてよし」に出来なかった・・・そもそも愛に脳腫瘍とか、開業直前に台風直撃/半壊とか、不幸が重なりすぎる・・・朝ドラは今回で最後にしておいてもらいたい。切にそう思う。

振り上げた拳のやり場に困る 連続テレビ小説 「純と愛」

先ほど最終回を、録画していたもので見終えた。
最後の最後ぐらいは・・・の大半の視聴者の思いはきっちりと打ち砕かれ、純が断崖絶壁で「大演説」を打ち、今までの自分との決別を宣言するためだけに時間の大半が費やされてしまった。

ほとんど愛と絡まなくなったことから、「目覚める」ような奇跡的なハッピーエンドは臨むべくもなく、最後のキスシーンでも反応が多くあったものの、結局目を開けないままエンドタイトルとなり、ここ最近の朝ドラとしては、微妙な終わり方になってしまったことは間違いない。

自分に正直で猪突猛進型の純が、内向的で純とは対照的な愛と出会い、結ばれていく過程は、正直、おもしろかったのだが、場面が二転三転していく中で、情景が散漫になり、挙句不治の病に愛が侵されるという、トンデモ設定。ホテルが大ダメージを受けたあたりも「漫画」的であったので、あのあたりから一気にさめてしまっていた。
本当に最後の一週間は、「朝からこんな陰鬱なドラマ見なくて良かったわWW」「そうそう、で、最終回で、うまくやらかしてくれるんだよね?」といった、期待と不安を見事に引っ張り、そして、一同、「ズコー」にさせてくれたわけである。

151回の放送だったようだが、残念ながら、145回までで築き上げたものが、たったの1週間/6話の放送だけで見事に御破算にしてしまう破壊力があることをまざまざと見せ付けられた。正確には、151話で止めをさしたというべきだろうか・・・。再起を予感させる回である筈が、その形も提起できず、むしろ問題は山積したまま。これで「ハイ、終わりwwwww」と、時間切れ/投げ出したかのような最終話にしてしまったこと自体、それまで応援しついてきてくれた視聴者に対する背信行為であるとは言い過ぎだろうか?

「終わりよければすべてよし」とはよく言ったものである。この言葉を、幾多の名作を生み出した脚本家氏が知らないわけでもなく、こういった中途半端な終わらせ方にしなくてはならない意図があったのなら聞きだしたいところである。
「そういうお前らこそ、脳腫瘍で重篤な患者の意識が元に戻るなんて、ドンだけお花畑なんだよww死んでないだけありがたく思いな」と脚本家氏は言いたいのかもしれない。だから、現実を突きつけてああいう終わらせ方にしたのかもしれない。
ただ、タイトルバックに使われていた絵本にあったような、「絵にかいたような」ハッピーエンドを期待させてくれていただけに、その落差は埋められないほどに隔たりがある。後半「復活」を期待させながらかなえなかったのは作品評価的に見ても痛手だ。

たしかに「おしまい」(最終回のエンドテロップ)だろうけれど、こういう煮え切らない終わり方は認めたくない。朝の連ドラなのに・・・。(★★★☆☆→★☆☆☆☆)
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