多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

比較検討倶楽部

アニメVS実写で見る比較検討倶楽部

「ジョゼと虎と魚たち」の実写とアニメ版は、あまりに違いすぎて、優劣をつけることそのものに疑義が生じかねない。
その一方、ほかの競作では、そこまで意見が割れることは少ない代わりに、いい・悪いの判定が付けやすい作品もある。
ということで、これまで見てきたアニメ・実写双方の映画版を見比べて感じたことを書いていく。
・ジョゼと虎と魚たち(実写2003年/アニメ2020年)
実写版で出てきたときにも、この描き方には賛否が分かれていたと聞く。最後まで面倒見ない恒夫のクズっぷりがラストシーンの芳醇度合いを大きくスポイルしていることは間違いない。他方、アニメ版は、自身も障碍者一歩手前にまで放り込まれたことでジョゼの気持ちにも寄り添える作劇が際立っている。
・君の膵臓をたべたい(実写2017年/アニメ2018年)
原作に忠実に描いた(ほぼオリジナル部分無し/花火のところだけ)アニメ版に対し、大人になった登場人物がアナザーストーリーを醸し出すという実写版。原作の改変度合いは近年ではどぎつい部類なのだが、興行成績的には「これでいいのだ」とできたのはショックの方が大きかろう。ただ、山谷の薄いアニメ版に比べて、実写版は高校部分を濃密に描けたことも大きいか?
・思い、思われ、ふり、ふられ(実写・アニメとも2020年)
アニメが一か月遅れで公開するという恐ろしく間のなかった上映スケジュールだったが、これは、「キミスイ」コンビの色付けが抜け切れていないタイミングの作品だったこともあり、彼らでやることの意義や理由が見えにくかったところが大きい。その代わり、アニメ版は、アニメ的な演出をこれでもか、と繰り出すものだから、コミカルさも増してむしろ見やすかった。
・心が叫びたがっているんだ(アニメ2015年/実写2017年)
秩父3部作の一本目というイメージの強いアニメだが、アニメーションでは描きやすかった「たまごの妖精」を実写版ではバッサリカット。それでも実写はアニメに寄り添うようにうまく御せている。あの演劇部分の無理やりさ加減は、実写の方が「そんな奴おれへんやろぅ」度が高く、実際の得点面でも表れている。
・美女と野獣(アニメ1991年/実写2017年)
天下のディズニーであっても、この作品を実写リメイクするのにこれほどの年月を必要にしたほど、難しかった内容だったとも取れる。アニメが単純明快だったのに対し、上映時間を持たせる意味合いもあって冗長な内容にしてしまったところが実写版の欠点でもある。円舞シーンが、それほどの感動を巻き起こさなかったところも、リアルな演技では表現に限界があることを見せつけてしまった。
・シティーハンター(実写2019年)
この作品だけは別格である。アニメ的なシンボルに頼らず、いかに原作に寄り添うか、どうすれば観客は(特に日本の)冴羽の活躍を違和感なく受け入れられるのか、に腐心したところがすごいのだ。本来なら常に冴羽に付きまとう、ヒロインの存在を提示しない代わりに、コメディーリリーフの男性二人がストーリーを盛り上げるという翻案にはしてやられた。ちゃんとアクション映画していたし、落ちも秀逸。これを越えうる実写化はないかもしれない。

「ジョゼと虎と魚たち」で比較検討倶楽部◆ 屬茲った探し」をしてみる

結構衝撃的な作品といってもいい実写版の「ジョゼと虎と魚たち」。この、アングラ感に覆われた(しかし残念ながら東京近郊でのロケーションにとどまり、関西風味はほぼ感じられなかった)作品が、公開当時、それほど物議を醸さなかったのは、ほどほどに恋愛映画している部分と、今ほど邦画ブームがやってきていない(端緒には立っていたと思う)ところに遠因があるように感じている。
だから、今回の比較検討倶楽部では、「実写だからできたこと」「アニメーションが浮き彫りにしたこと」を探していきたいと思う。そう。「よかった探し」である。
→「よかった探し」は、このアニメーションの主人公が起こす行動の一端である。

・実写版
○ジョゼが実に活発
アニメ版を見ていると外に出ることに恐怖し、殻に閉じこもったまま、というイメージを描いてしまうが、外に対しては敵対心を露わにするものの、家の中では、料理もこなし、饒舌にしゃべっている。部屋は個別に与えられているが、殻がないわけではなく(押入れの下段)、見られたくない時にはそこに身を隠したりしている。
○恒夫の無償ぶり
アニメ版では、ジョゼといることがバイトに直結する得な役回りだったが、実写版では、たこ焼きを差し入れしようとしたり、車で出かけようとしたりするなど、献身的に付き合っている。なんで別れることになったのかが本当に知りたい。
○VS香苗の圧倒的な芝居
結果的に手を上げる香苗なのだが、恒夫の知らぬところでの場外バトルは、振り向かせたい香苗に、ものにできていると自覚し自信のあるジョゼとの間の葛藤とも受け取れる。きっかけそのものは唐突なのだが(しかも乳母車を押しているのは、子役の女の子)、芝居の中身だけは衝撃的ですらある。
○脇役の下手っぷりは眼福
後に強制性交でお縄になる新井浩文(かなり若い)や、駆け出し時代の荒川良々、工務店の社長役の板尾創路、あまり芝居はしていなかったが、ヤマヒロ氏も、出資元の放送局の局アナ時代ということもあり、ちょい役で出ていた。監督つながりの役者氏も何人か出ているのだが、当時の妻夫木聡自体が若手であり、総じて芝居のレベルは高くはない。
・アニメ版
○アニメだからできた、大阪/神戸ロケーション
登場人物がしゃべる関西弁に寄り添えた舞台にできたところは大きい。序盤で出てくる海のシーンに、須磨海岸を持ってきたところ、その至近のスマスイ(閉鎖中)ではなく、海遊館の大水槽を見せたり、ミナミの三角公園、天下茶屋駅・阪堺電車、HEPFIVEの観覧車、天王寺動物園と、それ相応に関西の著名どころが背景として使われている。
○ジョゼの気持ちに寄り添える交通事故
翻案の最たる部分はここだろう。事故の実体そのものは突っ込みどころ満載なのだが、恒夫がけがをする/しかも再起不能の可能性もあるという大けがともなれば、すべてが順調に進んできていた今までが一瞬で崩れ去る未来しか描けなくても仕方ない。
車いす生活で思い知る、ジョゼと同じ立場。舞と連れ立って表に出た時の恒夫の吐き出しがそこにあった。
○「にんぎょとかがやきのつばさ」
実写版には、「二人で歩いていく」という明確な芝居は、「帰れ」からの「帰るな」に集約されている。しかし、アニメ版では、そうした愛だの恋だのの表現は終盤に至るまでなされていない。そうした中で、ケガをし、リハビリにも消極的だった恒夫の背中を押したのが、ジョゼの作った絵本だった。人魚になって海(世の中・世界)を知りたいジョゼと、クラリオンエンゼルに思いをはせる恒夫をダブらせた翼を持った青年。ここは私の初見でも感涙させられたいいシーンだ。
○VS舞のジョゼの気丈ぶりに感動
片想いのままで終わらせたくない舞は、遂にジョゼの家に突撃する。「恒夫の好きなところはいくらでも言える」とうそぶく舞にジョゼは、「そう簡単に折れたりせぇへん」と恒夫を支持する。舞は、その思いにたじたじになるだけでしかなかった。
舞はジョゼの背中を押すべく、奪えないのを承知でジョゼと対峙したと受け止めたい。あそこで言われっぱなしにせず、舞の想いも受け止めたジョゼのこの芝居はいい脚本だったと思う。
○脇役が相応に絡む芝居の良さ
実写版は、正直女3人と恒夫の関係がメインで書かれているそぶりがある。アニメ版では、恒夫に関わる、友人であり同僚である隼人の存在は大きい。特に「お前のエアが切れたら、助けてやるのが俺の役割」とばかりに、渋る恒夫をジョゼの絵本の発表会に連れ出し、折れかけていた留学への情熱を復活させた点はポイント高い。
○なんといってもラストシーン
別れてしまう実写版は、あの女性遍歴からしても自堕落で続けようとしない妻夫木恒夫らしい選択だといえる。一年後の春に、サプライズで帰ってきた恒夫とそれにびっくりするジョゼ。この関係が続いていくような設定のジョゼ恒は、未来永劫は無理でも、しばらくは続いていけるような明るいシーンであり、観て良かったと思わせてくれる。

「ジョゼと虎と魚たち」で比較検討倶楽部 ,海琉磴い屬蠅呂匹Δ!!

塚口サンサン劇場の企画上映がなければ、決して見ることのなかった実写版のジョゼ虎。しかし、2003年という時代背景、ジョゼ(クミ子)をそこそこの体重のある女性で描くことで序盤の乳母車という無理やりな設定がミステリアス感を増幅するなど、翻案にもほどがある、とさえ思える作風に仕立てたことはただ凄い。

とにかく全然雰囲気の違うアニメ版と実写版。比較したところでどうなるものでもないかも、だが、今回の企画は正直気合入っている。
というわけでいろいろな項目について書いていく。
ー膺邑・恒夫の性格付け
実写版は恒夫に、アングラといってもいい雀荘のメンバーをさせている。麻雀の腕前はわからないまでも、メンバーが代打ちに入ることもあるから、そこそこでないと稼ぎも取れなかったと思われる。意外にも4人打ちが大勢を占めていたのだが、これは大阪では三人打ちがメインであることを失念したせいと考える。
一方アニメ版の恒夫は、今では斜陽産業になりつつあるダイビングショップに勤めている。ただ、これは、実写版が「ただなんとなく」「特技だから」という志望動機が見えないのに対して、メキシコへ行くための資金作り&スキル向上という副次効果を狙ってのものであり、勤めている意味も意義も感じられる。
⊆膺邑・ジョゼの立ち位置
実写版は、実は家の中では活動的だし、料理も軽くこなす。「わての作っただしまきがまずいわけあらへん」とまで言い放てるほどあっけらかんとしている。だが、実際に趣味といえるのはこれくらいで、学校にも行かなかった彼女は、祖母が拾ってきた書籍で暇をつぶしているありさまだった。また、乳母車=自分から動き回ることはなく、祖母が死んでからの電動車いすに乗ってから、少し活動的に映った。
一方のアニメ版は、恒夫に出会う必然もあって、最初から車いすに乗っている。彼女の場合、家では、料理は一切せず(後半になるにつれて台所に立つようにもなる)、実際彼女が自宅で食事している姿は映されない。最初からあけすけに自分をさらけ出していた実写とは違い、アニメ版のジョゼは、自分のテリトリーをかたくなに見せようとしない。それでも絵画に活路を見出していく中盤から後半にかけての、緊張から緩和していく過程をアニメ版は上手に見せたせいもあって、二人が懇意になっていく経緯がうまく表現されている。
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どちらも「乳母車/車いすを押されたため暴走を止められず」、とここまでは同じ。
実写版は、そのままガードレールにぶつかるだけで、ジョゼは飛びだしてきたりしない。もっとも、彼女は凶器(包丁)をもって自己防衛しており、このあたりに世間に対する敵対心があらわになっている。
一方のアニメ版は、ご存知の通り、かなりのスピードが出て、車いすから投げ出され、恒夫がキャッチすることで事なきを得ている(恒夫はジョゼから噛みつかれるのでただでは済まなかったわけだが)。
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原作が同じでも、これほど真逆に描かれる主人公はそういないのではないだろうか?
実写版は、実に3人と性交渉している。最初はセフレというべきノリコ、そして、実際に好き同志だった香苗、止めは、ジョゼ本人である。私は、清い恋愛を想起していたうえに、ジョゼとまでセックスするとは思っていなかったので、その部分では大きな衝撃を受けた。
アニメ版では、恋愛遍歴すらなく、それどころか、誰かが好きでいることすら描写されない。舞が思いを寄せていることにも感づいていたのかどうかわかりづらい(病院での2ショットの時点でも、彼がどこまで舞の想いを受け止めたのかははっきり書かれていなかった)。実写版は、暇さえあればディープキスからの……をしまくっている恒夫だったが、アニメ版では、最後の二人が出会えたシーンのみ。それもフレンチキスレベルでとどまっている。

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実写版は、悪友とのつながりがそれほどプラスになっているとはいいがたいし、同級生でもある香苗やノリコともそこまでいい仲とは言えない。これは、実は実写版の書き方が大きく失敗している点だ。4年生にもなって、卒論にも対峙している様子もなく、ただ遊びほうけているだけにしか見えない。これが大学1/2年生のタイミングならあってもおかしくないのだが、そう言う設定に恒夫をしたことはあんまり是とはいいがたい。
一方のアニメ版は、卒論も仕上げ、メキシコへの留学の布石もしっかり整わせている、かなりの優等生として描かれている。学内での交友関係が全くないかのような描写にしたのは、散漫になると踏んだからだろう。

Δいなり!ラストシーン
長くなりそうなので、決定的に違うラストシーンで〆たい。
実写版は、なんと、婚前旅行に近いことまでしておきながら、恒夫はジョゼと別れてしまうのだ。しかも、別れた先にいたのは香苗。その二人が肩を並べていろいろと話すのだが、恒夫の心はジョゼを忘れきれていなかった。香苗の声も耳に入らず、突如号泣する恒夫が映って終わりだ(完全なるラストシーンは、ジョゼの料理シーン)。
一方、アニメ版は、傷も癒え、なんとか留学に間に合った恒夫が、一年後の春に、桜並木の場所でスケッチしているジョゼの元にサプライズで帰国するシーンを持ってきた。「管理人」ではなく「恒夫の癖に生意気や」というセリフが締めになったわけだが、肩書きではなく名前で呼ぶジョゼの心情の変化が読み取れる。後ろ姿のスケッチのジョゼ恒もいい味出している。芳醇度合いで言えば、明らかにアニメ版が上位だ。

2作目では、アニメと実写が競作になったほかの作品の設定や感じ方を比べてみたいと思う。
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