多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

比較検討倶楽部

天気の子で比較検討倶楽部(3) 主人公の年齢が特異な件

主人公の年齢は、意外と作品の良しあしを決めるバロメーターになっているように思えて仕方ない。
「きみの声をとどけたい」の行合なぎさは16歳の高二。「空の青さを知る人よ」の相生あおいは進路を聞かれていることから、17歳とみて間違いない。大ヒット映画「君の名は。」は16歳の二人がすれ違う作劇に世界が惚れてしまったのである。

基本、16歳前後、というのが、アニメーション映画で当たる要素といえなくもない。ところが、「天気の子」では、帆高・16歳、陽菜・15歳(18歳と詐称する)、凪10歳前後。ここ最近のアニメーション映画の主人公たちとは若干若く……まあ、もともと若いけどw描かれているのだ。
たかが1歳、されど一歳。私はこの年齢設定にこそ、新海氏のエッセンスが注ぎ込まれているように思えてならない。
・帆高もついこの間までは中学生だった
6月に家出している、ということは、わずか3か月前までは中学生だった帆高。彼が島の外の世界を見たいと思ったとしても、十分に納得のいく、そして、全てを達観して大上段から構えることのない世代とみている。
・陽菜を15歳、と正しく述べさせなかった意図
「えっと……」彼女が逡巡したのは、帆高を優位に見ておきたい、という思いもさることながら、我々に「彼女は8月で18歳」と誤認させることで、子どもの帆高を御しているお姉さんのように陽菜を振る舞わせ、晴れ女(雨を制御できる雨女、が当方の解釈)を続けることで気弱になった自分を年下の帆高が懸命に思いやる姿を見せつけることで、愛のはぐくみを見せつける効果があるとも思っている。
・真実を知った後
「なんだよ、俺が一番年上じゃねぇか」で涙にくれる帆高。だが、そこにあったのは「ほぼ同い年だった」という安堵の方が大きかったのだと思っている。ぼくも陽菜さんも、抱えているものは大きかった、と知って泣く帆高。あのシーンで帆高の流す涙は、帆高が陽菜を喪失したばかりでなく、かけがえのないものを何か知って落とす涙だと知るのである。

中学生を主人公に据えた作品は、言わずと知れた「プリキュア」シリーズがそうである。それは、主対象層が彼女たちをお姉さんと見て取れる未就学児だからであり、「天気の子」の陽菜を15歳にしたのは、20代前半あたりを主対象層にしつつ、それ以上にも訴求する年齢設定とするには、少し幼すぎるきらいもあるのだ。そして何より、そんな中学生らしく見せない作劇と振る舞いで我々も見事に騙されてしまうのである。
陽菜が自分を偽れた、素晴らしい演技力で帆高はもとより、我々も騙されてしまった。これが、映像のマジックであり、どんな年齢の彼女であってもいけなかったと知るとき、この設定の妙にうならざるを得ないのである。

「天気の子」で比較検討倶楽部 (2)JOKERとの相似点を探る

大ヒット映画で比較検討することになるわけだが、ジャンルも描かれている素材も違うと思われがちな「JOKER」と比較しようと思った理由は2つある。
ひとつは「銃」の存在である。そしてもう一つは「世界を変える」という意味である。
順に見ていく。
帆高も、JOKERの主人公・アーサーも、拳銃については、いずれも偶発的に手に入れている。なんだったらアーサーの場合、イヤイヤ受け取っている。それは、道化師という自分には不似合いだと思っていたからである。帆高も、実銃でない、せいぜい脅しに使えるくらいという意味合いでしか携帯していない。
ところがそれを使わざるを得ない局面が二人に訪れる。帆高は、女の子を護り、自分の身を護るために、銃を取り出す。アーサーも、リーマン3人にボコられるその時まで銃を使うことを考えていなかったものと思われる。ところが、二人は発砲する。アーサーは、ご丁寧に止めまで執拗に打ち込んでいる。帆高は一発で相手がビビったこともあるのだが、それは当の本人も実弾が出るとは思っていなかったからでもある。
ここで注意しなくてはいけないのは、アーサーは銃の威力を知り、その後の人生の第一の転落を始めている点であり、帆高は、一発撃っただけで銃を放棄し、その道に立ち入らなかったところにある。
この二つの作品が描く銃の扱い方は、ほぼ同一だ。自ら欲したわけではない銃が、その後の彼らの運命を変えることになるとは、誰も想像していないからである。
もっと言うと、物語の最後半に、二人は銃を手にする機会を得る。アーサーは、自分を笑いものにした司会者を手にかけ、帆高は、号砲かのように一発虚空に向かって打ち、涙にくれるのだ。
すでに銃の役割は物語が進むにつれて大きく変わっている。アーサーにとって、銃は、自己実現にとって必要な"道具"になっているが、帆高にとっては、自分を鼓舞するきっかけ、追いすがるものを引き離すためでしかなくなっている。
面白いことに、この後の二人の人生も似通っている。二人とも逮捕はされるが、外的要因によってアーサーはいったんは自由の身になり、収監先でひと悶着起こしてエンディングを迎え、帆高は保護観察処分を経て自由の身になるのだ。
銃がもたらす二人の人生の転生ぶり。もし、帆高の放った一発の銃弾がスカウトマン木村の顔面に命中していたとしたら、このストーリーは、血なまぐさいものになっただろうし、アーサーが銃を構えたのみで発砲していなかったら、ジョーカーにアーサーが成ることはなかったのではないかとさえ思う。
「世界を変えた」ことにも言及しよう。
帆高は、陽菜を人柱から連れ戻したことで「世界を変えた」と思っている(思い込んでいる/海面上昇は、雨だけでは到底発生せず、別要因であることは間違いない)。それはラストシーンの独白でもわかる仕掛けになっている。
一方のジョーカーは、アーサーがたまたまピエロの扮装で殺戮をしたこと、相手が寄りにもよっていわゆる「上級市民」であったこと、死そのものより、それが宣戦布告になって一気に貧困層の不満が爆発したことが、彼をジョーカーに押し上げたとみている。
何度も書いているのだが、「ジョーカーにたまたまアーサーが成っただけで、誰かがジョーカーになる素地はもともとあった」のがゴッサムシティだ。一方、2024年の日本は、映画のように水没してしまっている未来は描けない。帆高と陽菜が世界を変えるほどの力を持っているわけではなく、まして、非科学的な雨が降り続く事態というのは、映画の中だけの絵空事といえなくもない。
ただ主人公が「世界を変えた」と感じているのはどちらも同じである。天気の子では、「陽菜を選んだ」こと、ジョーカーは「自分の行為が別の正義である」と認識している。誰もこの選択を否定できないところに、この両作品の深さと思想を感じ取るのである。

堂々スタート! 比較検討倶楽部(1) 「天気の子」と「君の名は。」を比較する

大変長らくお待たせした感がある。
ようやく「天気の子」ブームも終焉を迎え、当方の鑑賞記録も25回を一応の最終とみている。
鑑賞回数を積みはしたものの、この作品−−−「君の名は。」−−−を越えうるほどのエモーショナルさは発現しなかった。
そこに至らなかった理由は何なのか?それを比較検討しようというのである。
(1)音楽
実は、音楽面のシンクロ度で言えば、「天気の子」の方が高い。何しろ「愛にできることはまだあるかい」も「大丈夫」も作品がラフの状態で一定の完成度をもって提供されたからだ。
そして、「主人公が歌わないミュージカル」と評した「君の名は。」が、いかに映像に曲を合わせたのかを如実に示している。
おなじRADWIMPSが作っているとはいっても、これだけ曲の印象というものが違ってくるのである。実際、売れている曲がどこで流れていたのか、を比べればよくわかる(「前前前世」はストーリー中盤、「愛にできることはまだあるかい」はクライマックス手前とエンドロール)。
(2)主人公
年齢を合わせたのはどちらも一緒。ただ、学年までは合わせなかった。ここが「天気の子」における面白さである。生身の人間が出会う形にしてあるだけで、「田舎と都会」「入れ替わり」などと言う成分がいい味付けになっている「君の名は。」の方にやはり軍配が上がってしまう。
(3)ストーリー
有無を言わさず、「君の名は。」を断然優位と判断する。入れ替わりのみならず、時間軸の変異・災害に立ち向かう勇気・最後の無理筋な再会。あれほど解析が楽しいストーリー・設定はもう現れないのではないだろうか?対して「天気の子」は、時系列通り、帆高の上京から見ても正味2か月余り。設定の無理やり感が多く感じられ(凪と二人の彼女、チャカ拾い)、物理的瑕疵も一つや二つではない。
(4)エモーショナル度
ようやく当方も帆高に感情移入できるようになってきた。しかし、3回目から号泣に至った、「君の名は。」を越えるまでには到底及ばない。それはひとえに、名優・神木隆之介の渾身の演技があればこそである。瀧が三葉のことしか思っていないのとは裏腹に、帆高は「天気は狂ったままでいい」という自己主張の強さが災いしている部分が大きい。
(5)ラストシーン
破壊力は、曲がすでに前提にあり、それにぴったり映像を合わせてきた「天気の子」の方が、そもそも会えること自体無理筋で、どうなるかわかりにくい「君の名は。」よりも上になるのは仕方ない。「大丈夫 Movie Edit.」自体がすべて号泣に彩られる、そんな映画に仕立ててあるなんて夢にも思わなかった。歌詞の持つ表現力に映像が畳みかけている。これを越えるラストシーンは、そう簡単には出てこないだろう。
(6)総評
2019年単体で見ても、2019年アニメーション映画だけを切り取っても「天気の子」が不動の一位、とは到底思えない。といえるくらい、粗は多く、「もっと手は入れるべきだった」といいたい。それに比べて、「君の名は。」は、やはり1900万人越え/250億越えできる内容だったのだと改めて思う。

この11月末までの鑑賞で70タイトル近くのランキングを間もなく発表するのだが、残念ながら「天気の子」の一位はかなり難しい。名作が立て続けに出たこともあるのだが、やはり設定に無理が多いと感じるところが大きい。積める理由はただ一つ。「大丈夫」でボロ泣きできる環境は、映画館にしかないからである。

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