多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

爆音映画祭

絡み、爆音、TMS(5) 今やこれが本命 「天気の子」爆音上映鑑賞記

「天気の子」に関しては、今のところ、公式でやっているすべてのバージョンを鑑賞済みである。すなわち、通常、IMAX、日本語字幕版、4DX、MX4Dの5タイプだ。
これに付随するのが、劇場単位でやっている「極爆」「ULTIRA」と言った特別なエフェクトをかけて上映するものである。
今回の「爆音映画祭」も、映画を選択しているのは映画祭の事務局であり、東宝(興行主)は関知していない特別バージョンといえるのだ。
だが、「天気の子」を選んだ事務局は大英断だ。つまり、この作品が、音楽映画である、と高らかに宣言していただいたからである。
ただ、それならば、開始一秒で泣けてしまった同じ爆音映画祭の「君の名は。」との対比、という点でも大きなものになってくる。

当方は、やや前寄りの席に陣取る。大阪からわざわざこれ一本に絞ったフォロワー氏に、沖縄でもご一緒したフォロワー氏も鑑賞。いろいろとレポートされていたことも含めて鑑賞が始まる。
そう。それは「セリフがくぐもって聞こえる」「エコーがかかったように感じた」といったもの。「これは、僕と彼女だけが知っている……」帆高の初ゼリフ兼独白。「あぁ、そういうことね」と当方も納得する。まあ、音がすごいとはいえ、こういった調整が難しいところは仕方のないところなのだろうか?
「天気の子のテーマ」(サントラ一曲目)で、今回の爆音ぶりが試されると思ったのだが、ここはそこまでの大感動を励起させなかった。そうなると、次は「風たちの声」でそれを体感するしかない……
いや、実際すごかった。はっきり言って舐めていた、とさえ感じたくらいである。そう!これが爆音なのである。だいたいにおいて上がる曲だけに、当方もついついスウィングしてしまいそうになる。
次の「祝祭」も見事にはまった。ただ、ここから「愛にできることはまだあるかい」まではめちゃくちゃはまるほどの音響にはしてなかった。24番目「帆高、逃走」あたりはそこそこに聞かせてくれたし、満足度も高い。
「♪何ももたーずに」……洋次郎の声が沁みる、響く。もうここから涙腺の励起を止められない。ラブホのシーンもかなり来ていたのだが、完全に帆高に感情移入してしまっている自分がいる。須賀ではないが、帆高のあの一言……魂の叫びに胸をえぐられる。
もうここからは「仰げば尊し」が聞こえるまでずっと泣きっぱなしである。そして、止めを刺される。
「♪せかいがー」。まあ、何だったら、ピアノソロが聞こえる段階から涙腺はヤバい。もはや、このラストシーンでの二人の尊い再会を見るためだけに座っているといっても過言ではない。
止まらない感動、押さえられない衝動、この上の無い多幸感。二人が自分たちが変えた世界の中でも生きていくことを決めた「僕たちは、きっと、大丈夫だ」で完全に自我が崩壊する。

何度書いたか知らないが、この作品が、これほどに精神のみならず体力も使わせる作品になったことは恐るべきことである。爆音にさせられたことでその振れ幅がさらに増す。つまり、凄く体力を使うのだ。実際、見終わって当方は放心状態だった。もうこんな体験をすることはないだろう。
そう思いつつ、やおら腰を上げる。終焉間近なこの作品に百数十人が対峙できる。ここまで愛される作品を作られる新海氏は本当にすごい。

絡み、爆音、TMS(4) 爆上げになった! グレイテスト・ショーマン爆音上映鑑賞記 

今回の上京は、基本的に東京モーターショーをやっているから、というプライオリティーがなければ発生しないものだった。
2年に一回の車の祭典。最近でこそ車に対する風向きはあまりいいとは言えないのだが、それでも、日本車という一つのブランドが一堂に会し、今後を占う展覧会。車に対する情熱も、10数年前とは比べものにならないほど低下しているが、「義理」で観覧している部分も大きかったりする。

計画を組むさなかにユナイテットシネマ アクアシティお台場での「爆音上映会」の話が入ってくる。ここに「天気の子」がラインアップされているとなったら、行かないという手はない。
しかも、その前段には、「グレイテスト・ショーマン」もセッティングされている。あの!名作を爆音で見れるとは!!
テンションもかなり上がる。

「ワンカラ秋葉原」店を6時過ぎに退出。返す刀で、「富士そば」もりを食し、万全の体制をとる。前日からのメトロ24時間券を目いっぱい使うべく、秋葉原から新橋まで地下鉄で行く。ここからは毎度おなじみのゆりかもめ乗り。当然のようにビッグサイトも経由するから、ということで一日券をゲット。本来なら、東京モーターショーとのセット券を買いたかったが、9時からの発売ということで断念。
お台場海浜公園で下車。7時半過ぎだったこともあり、「やったー」が収められるか、ということで、付近を散策。サントリー本社をバックに一枚パチリ。
8時開館と同時に入場、チケットも、早々に「天気の子」分も買い求める。さすがにウーハーのど真ん前は厳しいと思えたので、やや後ろ目にしておいた。

この映画の開始一秒ほど、上がる作品もあったものではない。20世紀FOXのロゴが一度現れ、そして、二度目に現れた時、大音響のテーマが館内に鳴り響くのだ。怒涛のような足の踏み鳴らし。わずか2分足らずで当方は熱狂の渦に巻き込まれていくのだ。もう体がそこかしこに反応する。
1年半以上ぶりの2回目。だが、依然として「脇役、特に劇団員をもう少し丁寧に描いていたなら100点なのにな」という思いは、今でも変わらない。ミュージカル映画としては金字塔だし、日本でも受けは異常なほど良い。それでも、ストーリーのあまりの無さ、天然すぎる主人公、LGBTを完全に毛嫌いしている世相が今と大して変わらないこと……書くべきことは多岐にわたっているのに、劇団員たちに感情移入できなくさせたのは、正直もったいない。
彼らが腐らずやってこれたのは、バーナムが彼らに”生きる意味”をおしえたから。そしてそれが、最後の大団円、芳醇なラストシーンにもつながっていく。
音楽映画であるからこそ、爆音はまさしく音の洪水に身をゆだねることにもなり、読了感が半端ない。グレショも、重度のリピーターを生んだ映画だったわけだが、私自身が一度だけで終わっていたのは、やはりストーリーの物足りなさが座らせることを拒否したからだと思っている。

2017.11.19 36回目は爆音映画祭 「君の名は。」鑑賞記

私が劇場で映画を見ることに何の抵抗もなくなったのは「多分、あの日から」(某ヒロイン 談) 。
そう。2016年10月1日に、西宮ガーデンズのOSシネマズで「君の名は。」を見てからのことである。

同一映画を複数回観たのもこのタイトルが初めて。以下、様々な記録が打ち立てられていく。完全に虜になった私。その過程で解析意欲が沸き起こり、ついに!!完全解析に成功。三葉は一度も死んでおらず、入れ替わりは「歴史を確定/誰も死なせないための必然」だったことを明らかにした(ええ、そんなバカなぁ…とお思いの貴兄には、当方ブログの過去記事をご参照あれ)。

「この世界の片隅に」の鑑賞を終え、再度フォロワーたちが一堂に会する。君縄オタでもかなりグループができている模様であり、ツイッターでのつぶやきが意外にも人と人をつなげている実態を明らかにする。そうこうするうちにもう一人のフォロワーがT・ジョイでの早朝版の「キミスイ」を見てこちらになだれ込んでくる。この方が、サムネイルとは想像もつかない方で当方はびっくり。ちなみに今回ご一緒した方はキミスイ聖地にも回ったと後にツイッターで報告しておられる。

さて、こうなると「片隅」は露払いみたいなもの。爆音の実力は、爆発音や機銃掃射でかなり応えるところではあったが、音だらけといってもいい君縄だとどうなるのかは、正直気になっていた。だからこそのど真ん中配置にしたわけだが、その効果は絶大過ぎた。

開始一秒。
彗星の破片が落ちてくるときの空気を劈く音が聞こえてくるだけでダメである。この段階でスイッチが入ってしまった。「朝。目が覚めるとなぜか泣いている」・・・つぶやきながら当方は感極まってくる。そして夢灯籠のイントロ。もうタイトルも何も目に入らない。オープニングでここまで感情が発露したのは初めてといってもいい。確かにほろっと来ることはあったが、ここまでとは。音がいいだけでここまで感情が揺さぶられてしまうのか…ようやく落ち着きを取り戻したのは、四葉が三葉を起こしに来たあたりだった。
総じて音楽に手が入っている、というよりは、ガヤや、環境音に手厚い修正や増幅が認められ、それと同時に発せられるセリフは少し犠牲になっている感。すべて手の内であるはずなのに、ドキドキ感が止まらない。
自転車に乗り、こぎ出すあたりから、もうどうしようもなくなってくる。「でも、確かなことが一つだけある」・・・ここからは自身の感情が抑えられなくなる。そして、今や私のなかで一二を争う、カタワレ時の二人の邂逅シーン。完全に涙腺が崩壊する。もちろんペンが落ちてからはまともにスクリーンが見られない。それどころか、打ちのめされた瀧の感情がまさに憑依したかのようだった。
ラストシーン。二人が出会えるだけではなく、「離したりしないよ、二度と離しはしないよ」と歌い上げることで、二人の絆・・・ムスビは強固なものになったと理解できる。涙まみれなのに「嬉しくて泣くのは悲しくて笑うのは」まさに私たちの想定を上回る感動的なシーンだとわかるのだ。
エンディング。もう完全に崩壊した涙腺は留まることを知らない。暗転し、スタッフロールになっても、依然として流れ続ける涙。36回目にして、一番感動し、一番泣けたと認識できている。

鑑賞後記をこうやって書いているだけでも、その時の自身の感情を思い出してしまう。そんな映画だったのだと改めて思い知らされる。

「私は、いや、日本国民は、とんでもない映画に巡り合ったのかもしれない」。

その想いをまた新たにしてしまう。もはや、私の中では、「火垂るの墓」を越えうる、永世名誉一位に認定してしまおうかと思っているくらいである。
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