多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

百田尚樹

おおっとぉ、これは意外な展開かぁ?

と、リングサイドのアナウンサーよろしく、書き始めてみたのだが、この展開は、さすがに予想していなかったものである。
http://news.livedoor.com/article/detail/9495382/

名誉毀損、ということで提訴するらしいのだが…。大なり小なり、故人が吐いていた彼女に対する感情の吐露は、誇張して書かれているものではないと感じる。むしろ、もっと激しい憎悪や怒りの対象になっていてもおかしくない。だいたい、生みの親を金づる同然に見ていたのだから、当然といえば当然である。

ということは、である。提訴することによって、白黒はっきりしてしまうことになってもいい、と判断しての(=裁判での勝算がある、という判断の元の)行動とも見て取れる。被告人席に百田氏を座らせることができるだけでも少しは溜飲が下がると思っての行動なのだろう。

下世話ながら今回の裁判、私が判断してみたい。
ズバリ、「却下」になりそうである。理由としては、・毀損された名誉の対象者が実名で明かされておらず、特定できないこと(たかじんの娘であることはわかっているだけだが、実名を上げてはいない) ・虚偽で書かれた内容と断定できない(未亡人の証言がもとになっており、著者は書き写しただけ。脚色も必要以上にしていない) ・第三者の証言も多数得られる(もちろん、原告に不利な情報ばかりになるはずであり、どの面下げて裁判にしようとしているのか、と諭される可能性すらある) を上げたい。

本当のことを書かれて逆上して裁判にする。第三者機関である裁判所に判断してもらう方が、すっきりするし、これがネタにされて、また百田氏に面白おかしく書かれてしまっても、当方は一切の責任を負わない(ああ、うまいこと引っかかりやがったwww、とほくそ笑まれているかもしれない)。まあ、好きにすれば、で生暖かく見守りたいところである。

さあ、百田氏バッシングの始まりかぁ?

いちおう簡単に(3枚ほどww)したためさせてもらった、「殉愛」関連の記事。
早くも当方の中で話題沸騰のようである。

と、思ったら…
見ている人は見てるんですねぇ。かなぁり『アンチ百田』と思われる方の、強烈なジャブが百田氏に入っている模様である。
こちらがその記事。ま、でもジャッジはこの筆者に上げたいと思いますね。

この方は搦め手、というよりどちらかというと本質に迫っている。つまり、未亡人の来歴に関する部分が記述として甘い(むしろ書かなさ過ぎであり、ネットに比べて、過去に対する取材が実際少なすぎるところも疑問だった)点を執拗にあげているところである。

「執拗に」というと、厭味ったらしく、というか、ネチネチと攻めているような風に聞こえるが、この本はそもそもが『ノンフィクション』という触れ込みで発売されている。もし、本当にここまで言われていることが本当だとするなら、この物語はすべて真実である、とエピローグで語った看板が根底から覆されてしまうほど重要な書き漏れ/取材不足であるといわざるを得ない。

もちろん、過去は過去、である。書かないことで、過去のしがらみに縛られている実の娘や、それほど仲がいいとはいえなかったマネージャー氏との関係を疎遠に書いたという部分も「過去のことだから」でつじつまを合わせようとしたのだろう。
しかし、「この物語はやしきさくらの物語である」とするならばどうだろうか?実際、主人公はイタリア帰りの女性であり、やしきたかじん氏の妻である。しかも直近の男性遍歴を含めた事実関係を百田氏は知っていたというのである。こうなってくると、本の内容(特に闘病生活にかかわる部分)が真実であったとしても、そんな簡単に異国のダーリンを捨てられる、尻軽女とみられても仕方ない。また、遺産目当て、と揶揄されてしかとした説明ができるのかどうかも疑わしくなってくる。

この記事の筆者の矛先が、週刊誌を含む大手マスコミに向かっているところも興味深い。確かにここまでノンフィクションといわれるものが、書かれていない真実を暴かれるといったことはこれまで記憶にない。ネットの情報から百田氏が白旗を上げている状態は、売れっ子作家の醜聞として格好のネタになりそうなものなのだが、動きがないというところも引っかかる。

それにもまして、私が一番に疑問を呈したいのは「あまりに慌てすぎな百田氏の行動」である。エピローグにかかれている未亡人氏の一言で半年で書き上げると決め、ほかの題材をほっぼり出して一冊の本にまとめている。実質ほかの本との並行作業だったろうと思うが、それでもここまでの内容にするのにかかった時間は半端ない。そこまでして、早く出したかった理由が、ほかにあるのではないか(例えば出版元の要請とか、未亡人サイドのたっての望みとか)・・・。一周忌に改めて、というのならわからないでもないが、このあまりに短期間に出てくるものとはとても思えないのである。

結果的に拙速だった部分がこうやって浮き彫りにされ。火消しに回らなければならなくなっている百田氏。出したもの勝ちであるとはいえ、こうも基本的な部分がぶれている女性だったとわかってしまうと、書評もやはり1ランクは下げざるを得ない。いったいどっちの「さくら」が本当なのか…。しっかりとした答えを私は待っている。

「殉愛」騒動(2) 一読者の作家視点からの考察

本発売と同時に、一部マスコミが大々的な「ステルスマーケティング」すれすれのバックアップをしてまで、売り込もうと躍起になっていた、やしきたかじん氏の死に至る2年間の闘病生活を妻目線で描いた「殉愛」(百田尚樹氏著)は、もくろみ通り、スタートダッシュには成功。ただベストセラーとまでに成長するかどうかは微妙、と目されている。

読了したのがこの土曜の深夜だったわけなのだが、発売日直後から、いろいろときな臭いうわさがネットを中心に飛び交い、「そんなバカな」とか、「いくらなんでもここまでは妄想しすぎ」といった荒唐無稽なことまで穿り返される始末。ただ、未亡人のイタリアでの所業がブログや写真などで暴露されてくるにしたがって、「これはもしかするともしかして」と疑念を抱かざるを得ない状況も出てきたのは事実である。

「永遠の0」「海賊と呼ばれた男」と立て続けにヒットを飛ばしている作家氏にとって、仮にも、書きたい題材が目の前に現れたからといって、即座にスケジュールを詰められるものではない。そこまでさせたのは、もしかすると『見えざる手』による強引な手法も考えられるのではないか?一周忌を待たずに発売されている(そこまで慌てている、というふうに受け取ることも可能)のも、よくよく考えるとおかしいのではないか?などなど、私自身もいろいろと疑問に思うところが出てきていることは否定しない。

そこで、まずは、ネットに転がっている、この本に関する「悪いうわさ」を拾ってみることにする。
→ここは韓国ネタばっかりではなくて、こういうゴシップにまで言及するところがすごい。NEWS U.S.より『やしきさくらがたかじんと結婚した真の理由が と ん で も な く ヤ バ い !!! 2ch「松本哲朗って誰?有名人なのか?」』
この内容では、・松本氏は、名前の特徴から韓国系とされる(ちなみにたかじんも2世であると暴露本が出ている)。・未亡人氏に出合ってたかじん遺産奪取を画策(たかじんより前にあっていないとおかしいのでここで破たん)・未亡人氏も韓国系(これも残念ながらアウト。ここまでの献身的な介護をできるはずがない、いくら遺産目当てであっても)といった、断定的な未確認情報で筋書きが描かれている。これについては、書いている本人の想像の範囲での創作といえるわけで、これを真実と受け止めるわけにはいかない。

一方、事実に即した掘り下げも行っている。→『やしきたかじん妻・家鋪さくらの正体が 真 っ 黒 す ぎ る !!! イタリア人と二重婚状態・過去のブログが発掘され2ch大騒ぎ・ノンフィクション「殉愛」を書いた百田尚樹がツイッターで必死に弁明』は、まさに「鬼女」といわれる、ネット住民(奥様方が多いので既婚女性→既女→鬼女)の底力を見せつけることになる。このスレ通りだとすると、本当にヤヴァイことになりかねないのである。このまとめの中での時系列は、非常に興味深い。また、百田氏が激怒しているツイッターが出てくるに至って、これは真実の可能性もあるのではないか、と思わざるを得ない(黙ってスルーできなかった=事実だったから、と判断されて弁明できるのだろうか/知っていて書いたとするならこれはこれでヤバい)。

と、悪い情報ばかりを上げてみた。では、本に書いてあることはでたらめなのか?そうとはいえまいが、最初から、本にする意図があったのかどうか、がキーポイントであろう。
旧姓・森田さくら氏の、決然とした行動の数々。例えば、死後すぐに(本の中では、1分ほどひとしきり泣いた後に、立ち直り、的な記述になっている)、「今から、やらなければならないことをやります」と宣言し、気丈にふるまっている。ほとんど感情を吐露したことのない立ち居振る舞いも特筆ものだ。一種芝居がかっている、イタリア帰国を断念するシーンなど、ドラマでもここまでの演出ができる人はそうそうおるまい。

もちろん、「百田氏が作ったノンフィクション」なので多少の演出もあろう。事実を淡々と書き留めるだけの書籍など売れるはずがない。しかし、最初から『たかじんの最期、書籍化決定www』と、彼女が想起していたとするなら、どうだろう?本来の夫婦での看病をも凌駕する献身的な行動を発揮できたのも、そして、詳細な記録としてとどめておいたのも、最後に「ほぼ遺言同様」のメモにしたがって、ほかの幾つものオファーを差し置いて百田氏を指名してきたのも、すべてつながっているとするならば・・・あり得ない話ではないと思う。

この本が、「未亡人の視点」で描かれているため、一部の関係者が悪者のように描かれている部分がある。ほぼ真実なのだろうが、悪く書かれ過ぎているきらいも否定できない。百田氏が彼らに取材して証言を得ているところがないあたりにも、不満を抱かざるを得ない。一種、違和感を覚えているこの部分は大切にしておきたい。

月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ