多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

研究

「181」店舗…これでどう戦えと?

いよいよ、ダイエーにとって、両手両足、とはいかずとも、ほぼざっくりと切り取られる形になってしまう、2016.3.1よりの新体制がスタートする。

そう思って、店舗網を再調査した結果…
2016.3.1現在のダイエー店舗数は、なんと、181店舗なのだ。
これがその証拠記事。

当方が持っている現有店舗網のexcelファイルには184店舗が存在していた(2016.2.20時点)。もちろん、これは移管がされるであろう店舗+2/末で閉鎖が判明している君津店(0575)を除いた、3/1時点での勢力と理解していた。だが3店舗も乖離がある…

そう思って店名とファイルの整合性を取ってみると…
GC大島団地店(0771)と、GC本郷台店(0797)が店舗網から外れているではないか!!!
慌てて閉鎖日をチェックしたのだが、どうやら、先週の日曜日で終了していたようである。
実はもう一店舗は、今のところどこかわからないというのが実情である。

行ったことのない店舗や、思い入れのない店舗ははっきり言ってどうでもいいのだが、苦心惨憺して訪れた店舗が私が行って間もなく閉鎖されることになることほど、むなしく感じることはない。本郷台の店名が店舗情報から消えているのを確認したとき、言いようのない感情にとらわれたのを覚えている。

何しろ、駅から徒歩15分余り、それも平たんな道をすたすた歩けばいいというわけではなく、根岸線のガードをくぐり、アップダウンのある道をひたすら歩かねば到達しなかったのだ。しかも、ここに回ったおかげで、本来なら「最終既存店」が仙台店(0285)になるべきところが計画がくるってしまうおまけつき。ここまで振り回されるとは予想だにしなかった店舗でもある。だから、思い入れというか、「まさかあそこが」という思いがすごいのである。

昔ばなしはこのくらいにして…
181店舗になってしまっている現状は、ここまで大きくなってしまったダイエーを支えるには力不足過ぎる。何しろ、最盛期には400店舗近くが直営店として存在し、そのいずれもがそこそこに売り上げを作ってきていた。ところが、既存店=曲りなりでもGMSがメインの店舗 と言えるのは驚くなかれ100店舗足らず。残りは、グルメシティばかりである(改装で、名義上ダイエーになっているだけで、中身は売り上げもしょぼい食品スーパーばかり)。残っている大型店と言えるのは、関東では西台(0317)や市川コルトンプラザ(0401)、関西ならおおとり(0340)や池田駅前(0383)。これらの店舗で残りの弱小軍団を引っ張っていかないといけないのである。

まだ碑文谷(0284)とか、新浦安(0409)、甲子園(0633)や西宮(0315)といった、利益もそこそこあげられていて、売り上げも半端ない店舗が残っているのならば、まだ戦えると思う。だが、それらの店舗を抜かれてしまうことは、まさに丸腰になったも同然。しかも中小店舗が見事に足手まといになっている。これでイオンの食品スーパーの中核企業に、などという位置づけは、単なるまやかしではないかとさえ思う。

日本に対する占領政策よろしく、牙を抜いてしまう作戦に出たイオン。中内イズムとは完全に決別している本社の体制が、立ち直る機運すら奪っていっているようにさえ思う。現にFSSの3店舗目は、どこになるのかの声すら聞こえてこない。
今までウォッチャーを続けてきた小生だが、2016.3.1は、一つの分岐点になりそうな予感すら覚えている。

過去記事は面白きかな<その14> 財務分析記事(その2)

こういってはナンだが、いくらダイエーヲタの小生であっても、「財務資料を読み解く」というのは、慣れているわけでもなく、むしろ難しいと感じる部分でもある。
確かに株式投資をしていたころは、「バランスシートの重要性」は知っているし、貸借対照表という名の通り、借り方と貸し方がイコールになる、という基本中の基本から入ったりもしていたわけだが、今回の資料に書かれているのは、94年から98年2月期の決算からみる「比較損益計算書」というものである。4社合併、そして阪神淡路大震災、という、激動の、そして、転落の始まったダイエーの推移が見て取れる。

では順にみて行こう。
94年2月期の決算で、なんと単体でダイエーは2兆円越えの売上高を誇っていた(単体であり、九州ほぼ全部の店舗、旧忠実屋などの売り上げは入っていない)。しかも店舗数はわずか225店舗。それが翌年には売り上げはわずかに4000億ほどしか増えなかったが、店舗数は、一気に348まで伸長。景気がいいように感じられるが、見てもわかる通り、100店舗以上を増やしているのに、売り上げは、まったくといっていいほど伸びていなかったのだ。ちなみに、この95年2月期で阪神淡路大震災に関わる損害の一部を引き当てているため、連結利益は大幅赤字になっている。
ここからの凋落ぶりは見ていて気の毒になるくらいである。ピークを95年とすると、98年2月には、率にして97%。たった3パーセントの落ち込みだが、高にすると600億近くも減らしている。小型店が多かったという点はあるにせよ、一店舗平均売り上げは、合流前の94年(ほぼ90億)から、98年にはなんと64億近くまで減らす"惨状"に。2016年2月期にしても、合流してきたのがグルメシティ系なので、一店舗平均売り上げは40億台ではないかと思う。

そして、78ページには興味深い数字が並んでいる。当時のライバルであるジャスコ(www)とイトーヨーカドーの98年2月期決算の対比がそれである。
この年、ダイエーは単体で169億もの営業赤字を出したのだが、ライバル2社は黒字。ヨーカドーに至っては、548億もの大幅黒字になっている。
それにしても、今から17年ほど前の数字に愕然とせざるを得ない。

  売上高    ダイエー   2.4兆円     ジャスコ   1.2兆円   IY   1.5兆円。
  
それが今はどうだろう。ダイエーは、確実に店舗を減らし続けており、1兆円すら手が届かなくなっているはず(ユニーの後塵を拝しているとなると8000億程度とみる)。M&Aの成功事例でもある、イオンの場合、連結ながら7兆円規模にまで発展。IYは、コンビニが好調で7&iHDでなら、6兆円規模にまでなっている。勝ち組と負け組の様相がはっきりと見て取れる。
小売業で初の1兆円の売上高を達成したときに、CEOがぶち上げたのは、「昭和60年度 ダイエーグループ売上高目標! 4兆円」だった。当時の貨幣価値で考えても、荒唐無稽としか言いようのない目標だったわけだが(1兆円達成が昭和55年。わずか5年で、グループの総力を挙げたとしても4倍も伸びしろがある、と本気で思っていたかどうかは定かではない/ちなみに達成日は2月16日で、当時の店舗数が159店舗らしいので、一店舗あたり、60数億円を売り上げていたわけで、如何に今が「売れていないか」が如実につかめるというものである)、グループ全体で、この目標はとうとう超えることはできなかった。

歴史にタラレバは禁物、というが、下手なM&Aをせずに、本体だけで生き残ろうとしていたら、ここまで店舗網を減らす事態にまで至っていたかどうか。貧乏神を背負い込んでしまったダイエーの没落の歴史が、数字の上からも明らかになっているところは興味深い。

さて、11月で終わらせるつもりだったこの企画も12月にずれ込みそうな勢い(理由は、数タイトル前のブログをご覧ください)。だが、これからがメインイベントである、CEOの一問一答である。大風呂敷を広げる、中内節がどの程度だったのかなど、突っ込みどころはさぞかし満載だと思っている。

過去記事は面白きかな<その13> 財務分析記事(その1)

8月下旬から9月上旬にかけては、ダイエー神戸三宮店(0622)リニューアルオープン記事がメインになってしまい、そっちを追いかけてしまったせいもあって、過去記事、である、Forbes 99年3月号「ダイエーの出直し」記事については、ほぼ一か月ほったらかしになっていた。
もっとも、あと残すは、財務諸表からみられるダイエーの状況と、CEOのインタビューのみ。都合6ページなのだが、その内容は、かなり「濃い」。

というわけで、他社の比較もある、財務分析の前篇を今回は紐解いていきたい。

大見出しには「大型M&Aとリストラ強化は業績アップにつながっていない」とある。
初めて店舗に入った90年(いまはなき出屋敷店(0407)が私のスタート)→91年から出入りするようになった横浜西口店(0239)など、店舗の遍歴は当方は応援も含めれば10店舗に少し足らない程度ある。特に94年の忠実屋の合流時点では、まだ関東に在住しており、変わり立ての数店舗を見て回って記憶がある。

しかしこのときに思ったのは「さすがナショナルチェーン」という感想ではなく、「何もかも飲みこんで大丈夫なのか」という、消化不良を懸念する思いであった。そもそも、この時点で、忠実屋は利益が出せない弱小チェーンに成り下がっていた。→10の誤算ぃ諭Aの項にもその時の各社の立ち位置がかかれているのだが、九州全土の店舗網があったユニードとほぼ同じ売り上げでありながら、利益は全く出ていないどころか大赤字である。

曲りなりでも、94年の合流当時には純利益のあったダイエーが、数年を経ずして坂道を転がるように赤字企業に転落したのは、もちろん、利益を生み続けていた店舗の、阪神淡路大震災での喪失と、減損処理があったとはいえ、あえて赤字企業に手出しをして、それに足を引っ張られる、効率の悪い合併劇をくりかえしてきたところにあるといえる。

何しろ「頼まれるといやとはいえない」CEOの親分肌なところが大きく災いしている救済劇もある。勿論リクルートという大きくプラスが出た成功事例もあるにはあるが、この4社合併は、特に弱り切っている(一種貧乏神化していた)忠実屋を飲みこんだことが災いしているとみている。
と私なりの分析を書いてみたら、なんと、当該誌76ページの締めにはこう書かれているではないか!! 

  九四年の四社合併の失敗は、その後の同社不振の火種となったのではないか。

すみません。記者の考えることとずぶのシロートの考えることが一致してしまうほど、この合併は失敗だったといえるのである。記事の端々には「収益力のない三社を合併した」「(飲みこんだ三社には)集客力が弱く、消費者にとっては魅力に欠けていた」と、失敗も当然という文言がズラリと並ぶ。

ではなぜ「火中の栗」を拾ったのか?特に忠実屋を飲みこまずとも、十分やって行けたはずであり(創業時の関東進出とは状況も明らかに違う)仮に他社の手に渡っても「ああ、あそこがテコ入れしはるんやね」で勝手にどうぞ、と知らん顔を決め込むこともできたはずである。
そこに往年のCEOの「貪欲さ」を見るのである。

       「俺が面倒みるいうたら面倒みるんじゃ。異議は認めん」。

重役会でそれに近いことを言ったはずである。普通の企業家なら、満身創痍/店舗改造や標準化にも金食い虫。唾をつけるのですら二の足を踏む状況だった忠実屋を食べなくてはならない、「執念」というものを見るのである。それはひとえに、上品な商売をするIYに対する敵愾心そのものであり、関西人の名に懸けて、関東を屈服させるという壮大な「戦争」を仕掛けたとたとえてみたい。そして、結果的に、その後の震災で何店舗かは閉鎖せざるを得なくなり、旧忠実屋店舗は、実質残っているのは28店舗に成り下がってしまっている(94年2月合流時に、ダイエーに直営化された店舗は68店舗<当方の店コード資料での直営店コード採番表による> ちなみにダイエーにならなかった店舗も築年数の大きいものを含めて7店舗ある)。

前篇はここまで。実際の数値解析は後篇に回したい。
月別アーカイブ
livedoor 天気
「livedoor 天気」は提供を終了しました。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ