多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

碑文谷店

閉鎖がニュースになる…一つの時代の終焉なのか

スーパーマーケットは、その黎明期、「スーッと現れて、パーッと消える」と揶揄されるほど、参入が相次ぎ、その多くが淘汰されて現在に至っている。
現在巨大チェーンとして生き残っているイオンにしたところで、母体はジャスコ。そのジャスコも、岡田屋や兵庫のフタギなどが合流してできた会社である。
由緒正しき一代で続いているのは、今やイトーヨーカドーくらいではないかと思うのだが、1975年、碑文谷店が登場したときには、ダイエーが流通業界を牛耳ってしまうのではないか、というくらいの勢いがあった。

関西発祥のチェーンストアでまともに営業できているのは、SM系ばかりになってしまっている。ぎりぎり、イズミヤが何とか生きながらえているとは言うものの、こことて、安閑としてられない状況もある。

そんななか、イオンリテールに異動しながらダイエー名義として営業を続けていた碑文谷店が、屋号ともども完全閉店することになったわけだが、全国ニュースになるほどの驚きを持って受け入れられている。
→ほぼ全キー局が取材に訪れたとみられ、リンクのヤフーニュースは、ANN(テレ朝系)のニュース映像を使っている  映像はこちら。

こんなことを言ってはナンだが、営業終了するからと言って、いちいちニュースにするほど、ネタがないのか、と思ってしまったほどである。当時としては、ダイエーという企業からしても一大チャレンジに等しい巨大店舗であったわけであり、最盛期には200億近くも売っていた店舗でもあった。
確かに当方のようなシンパからすると、寂寥感を禁じ得ないわけだが、単なる一消費者にしてみれば、「店舗が姿を消す」ことそのものがニュースになることに違和感を感じている人の方が多いのではないだろうか…


私自体が何かを創業したとかそういうことがないので、実感がわかない部分もあるのだが、創業者でもあるCEOがもしご存命でこの報を聞かれたら、どんな顔をするのだろうか、と思わずにはいられない。身ぐるみはがされていくさまを指をくわえてみている気性ではないだけに、その結末に至るまでに何らかの手は打っただろうし、とにかく悪あがきはしたであろうと思われる。
流通業界の礎を作り、一大グループにまで育て上げたカリスマ・中内氏。その象徴ともいえる店舗の営業終了は、ダイエーという企業の終わりの始まりを象徴しているかのようである。
碑文谷店

2016.4.13 雄姿記録の旅(碑文谷編) 開幕! 


にほんブログ村

ダイエーという企業が、一つの成功を具現化出来た店舗は、当方の店舗訪問の歴史の中でもいくつか上げることができる。スーパー業界で初と言ってもいい多層階店舗にできた、三宮リビング館(0019/震災被害を受け解体・現存せず)、郊外型のショッピングセンターのひな型になった香里店(0084/現存せず)、「戦艦大和」とCEOが評した福岡ショッパーズプラザ(専門店棟は閉鎖後別業態で再開/SP福岡・旧0475は現在イオンショッパーズ福岡店に)、戦争とまで称された、赤羽店(旧0131)、そして巨艦店として名をはせる、一大傑作の横須賀店(旧0425/イオンリテールに)と今回遡上に上げる旧碑文谷店(ダイエー時代の店コードは0284)だろうと思う。
実は、いずれも、「ダイエー」として作られた建物であり、巨艦店の位置づけでもある金沢八景や甲子園は、「プランタン」業態が念頭にあって作られている。ちなみに現在神戸三宮店(0622)で営業している建物も、もとはと言えば「プランタン神戸」がその原点でもある。

2月に旧仙台店を回った時も、正直「去るもの追わず」で済ませるつもりだったが、結果的に行ってしまった。そして、その途上で雄姿をとどめるつもりにしていた碑文谷店も、2月に行けずじまいになってしまったものの、5月の完全閉店時までは「ダイエー」屋号で運営することがわかったため、立ち寄ることにしたというのが実際である。

ただ、今回、タイトルを「雄姿記録の旅」にしているのは、すでに碑文谷店がダイエーの店舗でないということがある。ちなみに現在の碑文谷の立ち位置なのだが、ダイエーの店舗情報からは外れ、「イオン」ブランドに屋号も変更していないのでイオンの店舗情報にも掲載がない。唯一「ダイエーのイオンへの移管店舗情報」でしか、知るすべはない。つまり、見事なまでに3/1~5/5(予定)の閉店までは宙ぶらりんの店舗ということができる。

そんな店舗に早朝から立ち寄るわけだが、閉店までにはぎりぎり間に合ったとはいえ「間に合わなかった」部分もある。それが、3階から上の階が4/3で営業を終了してしまっていたということである。もっとも、外観に足場が立つとか、解体が始まっているということにまでは至っておらず、内装の変更だけで済む模様である。

6時45分新宿着予定の深夜バスは、10分弱ほど早着してくれた。今話題の「バスタ新宿」に止まってくれるのかと思ったら、何のことはない、普通に西口/モード学園のコクーンタワー前だった。当然の様に、「富士そば」で早めの朝食。

当初から、地下鉄で行けるところまで行こうと画策していたので、新宿から渋谷まで。直通の東急東横線で学芸大学駅まで。ここまででまだ7時半を少し過ぎたところ。やおら、目黒通りに向かって歩き出す。
学芸大学側から行くと、当然、やや南西向きに進路を取るわけだが、最短ルートを取らなかったおかげでやや所要に時間を要したが、それでも10分強で巨艦店の一角が目に入ってくる。
そして、実に2時間近くにわたる"大撮影大会"が幕を落とすわけである。

撮影コマ数は、店内点描を含めて、実に80枚以上。当初は100枚が目標だったが、上階が対象になっていたら、軽く超えていたのにと思う。外壁周りだけで30枚近く。ぶっちゃけ、設計図にまで落とせるか、というくらい事細かく撮ってしまった。
ここでは大々的にまでは公開しないが、いずれ当方HPにて、詳細を発表する予定にしている。

まず当方が一番最初に「あ、変わってる」と気が付いたのが、塔屋に当たるロゴ看板。
→これが当方撮影分。
20160413_0284_04

そして、ご存じ「マックロードさん」のHPに掲載されている同様のロゴ看板はこちら/リンク先ブログの2枚目写真
そう。一足早く、撤去に向けた、「仮設」の看板にダウングレードしているのを認めたのである。
それは、妻面にある別角度のロゴ看板でも認められた。
20160413_0284_006


こんな感じで店舗外観写真を取りまくる。それでも一周30分もあれば、気になるところは撮り切ってしまう。
外は、時折しょぼつく空模様。9時オープンまではさすがに時間が有り余っているわけだが、仕方なく、店舗前にあるテラスで一休み。
だが、一番南側に当たるショーウインドーにくぎ付けになる小生。そこには、復刻したと思われる、オープン当時のチラシが堂々と貼ってあったのである!!いつもより大きめ表示してます。
20160413_0284_025

ところどころ、往年の隆盛が偲ばれる写真も飾られており、まさに一人お祭り状態。
もちろん、あの「金看板」を押さえずして、なんとやら、なので、当方もゲット。
20160413_0284_034

これには設置者であるところのダイエーの文言等もないので、建て替えられるまでは残り続けるはずである。

おっと、ページが長くなりそうなので、いったんここまで。
一応購入もしたわけだが、すでにダイエー店舗ではないので、購入記録の記載はなしにしておく。

→続きは、当方HPにて/まあ、旧仙台店はどうすんの、という声もあるので、順番にやるつもりです、はい。
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ