多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

福山雅治

2020.1.17 かすった程度 「ラストレター」鑑賞記

新海誠監督に、これ以上ないはなむけの言葉が添えられた、「ラストレター」の予告。
→こちら。
「これは傑作だわ」っとまで結構ハードルを上げた鑑賞になったわけだが、その想いは、あっさりと打ち消されてしまったのだった。
OS系ではどちらでもやっていたこともあり、開始の早かったミント神戸での初鑑賞。
60人程度が着席。カップルが15組程度、ソロは男性やや優位、男性グループも見に来るなど、この物語のはずなのに20代前後の男性層の鑑賞が意外に多く見受けられた。平均は40代前半、男女比は3:2で男性優位とした。
冒頭、小さい滝で戯れる女子高生2人と小学生が描かれる。未咲の忘れ形見・鮎美と本作の主人公でもある、裕里の娘・颯香と、その弟。青春の一ページのようなシーンだが、二人が同席しているのは、未咲の葬儀があったからだ。
大人になった裕里を演じるのは松たか子。遺影になっているのが、なんと大学時代の未咲というのだから、正直びっくりする。子供と一緒に写真すらとっていないとは、どういうことなのだろうか、と思うのだが、その理由もおいおいわかっていく。
未咲が本来出るべき同窓会の席上になぜか姿を現す裕里。だが、同窓生は全員未咲と誤認するのだ。そもそも「欠席します」と返信の手紙出せば済む話、行ったにしてもそこに理由があるとみられても仕方ない。そう。それが裕里の初恋の相手でもある乙坂鏡史郎との出会いを少し期待したからではないか、と思うのだが、まったくこの設定は少しもやもやっとする。何しろ、それが言われていないから余計だ。
そして、裕里であることにうすうす気が付きながら、乙坂は文通を始めるのだ。正確には、裕里からネタを振っているのだが、ここでも裕里は高校の時に行ったように未咲を詐称しているのだ。このあたりでもやもやはピークに達する。そんな茶番に付き合いたくもない。

高校の時に行った自分が好きになっていった「先輩」とのラブレターの交換。そしてそれは一切未咲には届いていない。そのシーンも言われていたのだが、結局若い乙坂は、裕里を受け入れなかったのだ。そこから二人の姉妹の歯車が狂っていく。
家庭を持ち、やや裕福な裕里と、子供は作ったが、自分の命を全うできなかった未咲。この名前の持つ意味あいにも注目である。
実家にラブレターが届けられるようになるころ、夏休み中に実家に逗留していた鮎美と颯香は、母・未咲を好きになっていた乙坂の返信を心待ちにするようになる。だが、結局は自分の昔話に終始する。

得点は86点までとなり、案外な部類に映ってしまった。
広瀬すずと森七菜のダブルキャスト、そこに松たか子と、福山雅治がどう絡んでくるか、というところが世間の見立てであるし、実際姉妹の幼少期を今を時めく女優二人で演じるだろうな、ということは想像ついた。だが、まさか、次世代まで、同じキャストで乗り切ることにするとは思いもよらなかった。この部分はしてやられた、というか、設定の妙といわせていただく。
卒業生の答辞を、乙坂と二人で考えたこと、つまり、二人の想いの結実がこの作品のタイトルにもなっているのだが、それを娘にあてた遺書の形で手渡すとか、もっと他の想いはなかったのだろうか、とも思うし、また、乙坂も未咲がそんなに好きなら一緒になってしまえばよかったのに、と思わざるを得ない。未咲の結婚した相手もクズの見本みたいな男。これでは自殺しても仕方ない。
方や自殺、 方や未咲の幻影にとらわれて売れない小説家。一人家庭を持てている裕里だけが恵まれているようにも思うのだが、いくら初恋の人が目の前に現れたからといって、高校時代にやったことをまたやるのか、となったのは当然だ。大の大人が、なぜ姉を騙って手紙を出し続けたのか?
このあたりにストーリーに入り込めない隙間があったように思う。岩井監督らしく、登場人物に語らせるあたりは演出としては悪くないが、饒舌すぎるきらいのある阿藤(ちょい役ながら豊川悦司の存在感は捨て置けない)だとかはいらないとは思わないが、脇筋に過ぎると感じた。一方的にしゃべる阿藤。気圧される乙坂。クズなのに言っていることは正論であるところも少しだけイラッとする。
とはいえ、主演の女優二人の演技で、そう言ったマイナスの作劇は、すべてキャンセルされる。二人が義理の姉妹である現実編も、実際の姉妹だった回想編も、文句のつけようのない演技でびっくりする。なんといっても、今や業界大注目の森七菜の演技は、自然体すぎるだけでなく、そこにきっちり監督の要求たる感情をにじませてくれている。自由に演技をさせたからかな、と思わないでもないが、仮に姉妹がこの二人でなかったら、この作品はとんでもない低評価になっていたと思われる。
庵野氏は庵野氏だったし、しっかりと自分を出さない福山演じる乙坂の設定もそこまで悪いとは思わない。だが、「そんなバカな」となる欠陥の多さは、いかんともしがたい。途中で差出人が変わる=筆跡が変わったことも見抜けないとは、どう考えてもおかしい。高校の時の行動そのままが繰り返される……それも25年後に、である。物理的に楽しめなくしてしまっては、せっかくの設定も水の泡である。

高評価が多いのは、初恋ってものに過大なイメージや妄想を膨らましている層ではないか、と思う。相思相愛でも結ばれない、心の片隅に残ってしまう片想いのあの人。その設定は今まで五万と見てきたし、奇妙な三角関係がもたらす結末は時として誰得でもなくなってしまう。最後の答辞を未咲と鮎美が二人して読み合わせるシーンがあるのだが、そこに時代の継承を言いたいのだとしても、その原稿用紙だけでは物足りない、と感じるのだ。きっちりと前を向けているラストになっているかどうかもわかりづらい。
そりゃあ、沁みないわけではない。でも、こんな痛々しい初恋をしていない当方にしてみれば、姉と乙坂の間に入った裕里のわがままぶりがどうしても"許せない"と思ってしまう。そして25年経ってもまた同じことを乙坂にする。この女性は何なんでしょうね?

2018.7.28 思うところはみな同じ 「未来のミライ」鑑賞記

公開初日から行くべきだったか、という思いをしているのが、この「未来のミライ」だった。その理由は…
レビュー記事が酷評に次ぐ酷評だったからである。

どうせ口さがない、アンチの戯言だろう、と思っていたのだが、それにしては、★1や★2の量が多すぎる。昨年の今頃、といえば、「打ち上げ花火(略)」がこれまたトンデモレビュー数値をたたき出して騒然となっていたものだが、比べてみると、ほぼ同等、あるいは、今作の方がやや下に感じられる事態となっている。

さて、実は当方、「初細田」なのだ。スクリーンで対峙することも含めて、今までの作品にはどれにも触れていない。それゆえ、「ポスト宮崎」の急先鋒たる氏の作品の出来が市井の声では低評価なのが納得できなかった。
いずれ当方の名物コーナー「比較検討倶楽部」は、この作品を軸にいろいろな作品とたたかわせていくことになるとは思うのだが、それにしてもここまでひどい映画だったと思えるのか…

仕事が押してしまい、16時スタートのOSミント神戸3番にはギリギリの入場。しかし、白△で、ほぼ満席を感じ取る。隅っこの一席を認めて購入。三人並び席でとなり二人は女性ソロ二名だった。観客の中には、小学生レベルを連れた家族連れも散見。カップルも意外に多く、2週目土曜日と考えるなら、このくらいは入っていないと先が思いやられる。平均年齢は、大人層が大半であったこともあり、30代後半とする。いわゆる著名俳優の声を聞きに来たと思しきファン層は少なめだと推察する。

このストーリーの最大の欠点は・・・と、いきなりの書き出しなのだが、「4歳児」の描写がこれで正しいといえるのか、どうか、ということである。夏井先生風に言わせてもらうなら、「この作品の評価のポイントは、「好きくない」です」ということになるだろうか?
確かに妹ができて、そちらに気が向き、くんちゃんがないがしろにされることに反抗する気持ちもわからないではないし、男の子といえども嫉妬してしまうのもわかるような気がする。さて、それがわかったとして、ききわけのないくんちゃんがずぅっとそのままで居続けることに徐々に精神がむしばまれていく。まあ、時系列的には冬の出産から半年くらいが描かれているので(自転車のくだりで7カ月で、とかお父さんが言っているのも勘案)、人間的にくんちゃんが成長するのも無理といえば無理だし、いつまでもぐずり、自分を出しっぱなしにするしか、書きようがない。
だから正解なのだが、いちいち「もうわかったよ」と言いたくなる描写の応酬で、すべてのエピソードがくんちゃんむくれる→庭で異変→落ち着く という経緯をたどっているのだ。どこかで違う着地もあればよかったのだが、それもなく、挙句の果てに最後の「家出」のシークエンスのラストの落ちは、あきれてものも言えない状態にさせられる(パンツのところね、そこは誤解無きよう)。

「幼子主人公でやったろ」と思った監督氏のチャレンジ精神は正直に言って買う。それが成功するとかしないとかは二の次。「やる」ことに意義がある。現代を生きる、物も潤沢にあり、プラレールで遊び倒す鉄ちゃんのくんちゃん。基本今まで両親の愛を一身に受けていたのに、妹ができて奪われた思いにさせられるのはわからないでもない。だが「しつこい」のはちょっと違うと思う。
ラストに向かうシークエンスの「ネタばれ」箇所。未来から過去に降下していくわけだが、そこは時系列をしっかり整えていてほしかった。直近のはなしから戦時中に飛ぶわ、敢えてひいじいちゃんが結婚したときのエピソードまで挿入するわ…「それ、要りますか?」そこでの未来のセリフも余分。もっと早回しで見せるとか、おおっと思わせるだけにしておくべきで、敢えて回想的に全部を見せる必要性はない(他がそうなのだから)。
「ははーん、尺が余ったな」。あるいは「もっと説明しとかないとわからないお子様とかもいるだろうからな」というおせっかいのたまものとも受け取れるわけだが、こんな風にくどく見せる監督さんなのだろうか…

さて採点である。実は音楽が…なのだ。ここ最近、音に傾注した作品ばかりに気を取られていたこともあるせいか、劇伴は全く乗れなかった。絵のタッチは、まあ中の上クラス。新東京駅の地下深くに降りるシーンや、その逆に飛び上がっていくシーンの美麗ぶり、大きなエンジンの排気に顔をゆがめるくんちゃんの描写などは特筆すべきところだが、光る一手がぽつぽつでは、大きなプラスになりようがない。
声のキャスティングも、ぎりぎり許容範囲。萌歌嬢の未来ちゃんが見たかったのは偽らざるところ。ていうか、そこで監督、間違ってますわ。
ということで、70点(大まけにまけて)とする。配点の大半は、先ほども書いたが「難しい題材にチャレンジした」ことに対するものであり、だからこういう作風にせざるを得なかったと好意的に解釈した結果である。

家族のルーツに触れていくくんちゃん。ギリギリ駄作に落ちなかったところは、さすが自力で持ちこたえたとする。まあ興行的にはおそらくコナン越えは難しいとみるのだが、これから先のほかのアニメーション映画に触手が動かされている。
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