多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

解散

騙るに落ちるA氏の浅はかさ

もうすでにネット上では、炎上を通り越して爆発状態になっている、「どうして解散するんですか」サイト問題。

はっきり言えば、解散に疑義を提起するにしても、である。なぜ自分の身分を小学校4年生に設定したのかがよくわからない。「小4に化けた俺が解散論じてる、それってかっけー」と勝手に脳内変換してのことなのだろうか、あるいは『子供にまで馬鹿にされる解散だよ』ということを言いたいがばっかりに、自縄自縛になってしまった可能性も否定できない。

某NPO団体の代表を務めていたA氏が"主犯"とされているわけだが、ここまで手の込んだ"仕掛け"をにする必要があったのかどうかも疑問である。だいたい、小4で「お友達と作った」とはいえ、サイトの体裁が妙に玄人じみているところも、自作自演臭を漂わせている。
素人感を先に出さずに情弱といわれる、ネットリテラシーの少なめの引っかかりそうな人を対象にした、提灯サイトであることを、今の情報化社会、皆2ちゃんねらーといってもいいネット住民が気づかないわけがない。そこに思いが至らなかった、また独自ドメインまでも所得してしまって、「小4に無理ゲー」なことを次々成し遂げている=なりすましであることを暴露し続けている。

結局、さんざんこきおろされた挙句に、矛先はズブズブではないか、とされる、あの野党にまで波及。そりゃあそうである。幾人かの議員がさっそく飛びつき、ツイッターでつぶやいたりしているから、始末に負えない。(某政党のマスコットキャラまでもが天才少年現る!なんてリツイート。かくして野党も巻き込んだ自演劇と確定されてしまうことに)
そんなに選挙がしたくない、とは、本当にミンスは骨の髄まで腐ってしまったのか、と憤慨せざるを得ない。

政党がからんでいる、という決定的な証拠はないが、このNPOに名を連ねている面子や、今回リツイートした面々を見ていると、状況証拠は腐るほど出てくる。一般人、それも子供を使ったまさに"子供だまし"で世の中をかく乱しようとする狡い戦術。こんな、正々堂々と戦えない野党なら、"夜盗"にでもなってヒャッハーしてくれた方が、駆除できてすっきりする。

こうまでして解散に大義がないと言い募る野党側。だからこそ、「大義」はここにあるのである。

大義のない人たちが言う「大義」にあきれる。

昨日の毎日放送のニュース番組『voice』のCATCH THE VOICEのコーナーには、あきれるを通り越して、脱力感しか感じられなかった。

西靖キャスターが、したり顔で「大義」ってあるんでしょうか?なんて語り掛けられても、当方としても困ってしまう。
ありもあり、大ありだからである。そもそも2015年10月の消費税率上げは、前政権に当たる野田内閣の決めたこと。景気動向が不味ければ、延期できるという条項も盛り込まれていた。それを行使するだけでもよかったはずなのだが、税金にかかわることだけに信を問うと言っていることだから、大義があるとか無いとか以前に、これが当然の結末である。

インタビューの中で傑出したばかさ加減を呈していたのは、「年末に選挙するなんて」という、すごい言いぐさ。前回の選挙のスケジュールを忘れてしまっている有権者にはあきれるし、そういった「馬鹿情報」をこれでもかと流して、今の与党ってロクなことしてくれないよね(600億もかけて選挙するなんて、という声も映像にしていた)、という印象操作したいのが見え見えの結果に頭を抱える始末である。(言っときますが、前回の選挙に至る過程は、野豚氏が党首討論の際に「解散する」とサプライズ発言したことがきっかけ。きっちりとした記者会見の場で表明したわけではない。そして、前回の衆議院選挙は、12/4公示・12/16投票である。)

これだから、マスコミはダメだ、といわれるのである。少なくとも正しい情報をあまねく世間に広めようとできないのである。確かにインタビューなので、間違った情報が流されることはあるだろう(インタビュアーの選択があまりにへぼすぎて、いい素材が集まらなかったのが最大の原因/たまに骨のある意見も聞かれたが、少数派だった)。しかし、それを市井の意見だ、これが民意だ、という風な報道をすることに疑義を抱かざるを得ない。例えば、年末選挙の件も、「前回もそうだったんですけど」的なフォローが入るとか、そもそも採用しないということだって考えられる。そういった、今の与党では気に入らないから少しでもネガティブな情報をねじ込んでやれ、としている風な編集態度が見え隠れするのである。

同業者の誤報問題は、どこの局も、社も大々的なキャンペーンを張っているように感じない(何しろ、同じ穴の狢、である。藪蛇なことまでするほど自虐的ではあるまい/産経ですらほぼ沙汰やみである)。政府・内閣の揚げ足を取ることばかりに汲々としているマスコミそのものに、報道するという大義があるのか、と問いたい。

寂寥感はみじんもない…ジブリ制作撤退に寄せて

80年代後期から一種のアニメウォッチャーとして、また、周辺雑記人的なこともやっていた小生にとって、このニュースは「栄枯盛衰」「驕れるものは久しからず」という感想しかわかないというのが正直なところである。
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個人的には、まさに頂点に達した「千と千尋の神隠し」以来、すべてのジブリ作品に背を向け、スクリーンの前に座ることは一切していない。理由は簡単である。「この作品以降は下るだけ」「宮崎氏が主義主張を内容に入れ込み始めたから」「もうジブリ絵は見飽きた」・・・。

そうこうしているうちに、大規模な製作費を入れても失敗する(回収できない)作品を連発。後継者と目された息子の吾郎氏の監督第一作はあえてむずかしめの題材に挑戦してあえなく沈没。「耳をすませば」の監督でもあった、近藤善文氏の急逝とアゲインストな風が吹き荒れた。
そう。大ヒット作が出せなくなった現状で考えるならば、「宮崎組」ともいえるジブリの終焉は、当の本人のアニメーション引退宣言でほぼ確定したといっても過言ではなかった。そこを見抜けなかったのは、「いまだに貯金があり、宮崎氏自身も出入りしているから、その可能性はまだ顕在化していない」と私が見ていたからである。

記事によると、映画製作部門を解体、所属するアニメーターは、契約解除で散り散りになる模様である。しかし、宮崎駿というタガが外れたアニメーター諸氏が、あちこちからヘッドハンティングされる様は、さしずめ草刈り場の様相を呈するであろうことは想像に難くない。
むしろ、ジブリ出身者が監督なりをやって、ジブリ作品を超ええるようなものを作り出してくれないかな、とひそかに期待しており、今回のジブリ終焉は、今後の業界の発展にはなっても、マイナスになることは決してないと思う。

偉大なアニメーション制作会社が消える。確かにエポックメイキングな出来事だが、ポスト宮崎が育たなかった(育てる気もなかった)のだから仕方のないこと。むしろ優勝劣敗の市場原理に飲み込まれただけの事象と捉えており、今後のアニメーション業界にとっても悪い事柄ばかりではないと信じたいところだ。
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