多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

訂正

どこまで遡りゃ、いいんですかね…

ブログネタ
「もっと検証・反省すべき」と考える報道内容は? に参加中!
「もっと検証・反省すべき」報道内容、というか、それを言い始めたら、そもそも偏向していない、と考える方がどうかしているわけでして…。
例えば、前回の政権交代時期の新聞・週刊誌の論調はそりゃぁひどいものでした。時の総理の漢字の読み間違いやら、物価に対する不見識をこれでもかとあげつらうばかり。すっから菅氏のルビだらけの答弁書だったか、所信表明演説の紙切れのことはほぼスルーでしたしね。

だいたい、WGIP(ウォーギルト・インフォメーションプログラム/自虐史観に基づいた報道や教育を行うよう、指示したもの)の影響下にあったマスコミの、左傾化と、「日本は悪いことをした残虐な国だ」という洗脳がまかり通っていた時代。そのころから、連綿と報道の在り方がくるっているのだとするならば、慰安婦(追軍売春婦なんですけどね。実際は)問題よりも先に、謝罪というか、訂正をしなくてはならない案件は山のようにあると考えるのが妥当です。
まあ、ある程度、時効というものはあるし、時は占領下にあった時代。偏向せざるを得なかったとするならばその点マスコミ各社は忸怩たる思いもあったことでしょう。

しかし、普通に考えれば、新聞記者の根幹といってもいい、裏を取らずに30数年間もほったらかしにし(自社でする気がなかったというところがなんともはやお粗末=結論ありきで記事を作っているのがばればれ/「吉田調書」の体質が今でも残っているという証拠)、ある程度効果が出てきたところで訂正記事を出す…。これが報道機関として許されるのであるなら、適当な事実を作文して記事にできてしまうのだから、取材なんかする必要もないわけで、それでなおかつ高給と来ているわけですから、バカバカしくなるのは当然です(任天堂関連などはまさにその典型。いい商売ですわ)。

一応お題に沿った回答をするなら、
・当然慰安婦問題(なぜ日本からも同様の声が上がらないのか不思議に思う人がいないところも疑問=韓国独自の問題であり、それは朝鮮戦争時代のことに起因するから、とすればわかりやすい)
・南京大虐殺(当時いた市民以上に死者が出ていることがそもそもおかしい/東京裁判時点でも話題にすら上っていない=当時の認識ではなかった話であることは明白)
くらいでしょうか。
報道機関が先頭に立って『ディスカウントジャパン』する異様な国。もちろん、その旗振り役である、旭日旗を社旗にいただいている某社は、今すぐにでも輪転機を止めてもらいたい、と国民のだれもが願っていることでしょう。

もはや「公器」などとぬかすんじゃねーぞ!!

goo辞書で「公器」を引いてみると、例文が示されている。

           おおやけのもの。公共のための機関。「新聞は社会の―である」
→gooの「公器」の意味のUrlはこちら

この例文に従うと、新聞は、「おおやけのもの」で「公共のための機関」でもあるということらしい。

しかし、そろそろ、この例文は取り下げたほうがよくなってきていると感じている(ちなみに、当方、この例文はふさわしくない、とgooに申し入れます)。
つまり、公共の機関であるという認識を持たなくなった新聞が存在しているからである。

もういわずと知れたことだが、朝●新聞である。自分のところのねつ造記事を訂正はしても謝罪をしないという姿勢に、ややおかんむりの週刊誌2誌が渾身の特集を掲載。いざ朝日に広告を出稿したところ、断られただけでなく、「謝罪と訂正を求める」と逆ギレしてきたというのである。
→「保守速報」のまとめ記事より。

もうね。「どの口がァ…」といいたくなるこの対応にもはや「この新聞にだけは公器という言葉は使えないわ」と思ってしまったものである。
実際、これで言いたいことはすべてである。この新聞のお説教じみた上から目線の発言も、したり顔の政府批判も、中韓に阿る内容も、何もかもが信用ならない。たとえ同じ内容を報じていても、「吉田調書」のように真逆に伝えることしかできない新聞は、存在価値がない。

百田氏ではないが、「消えてなくなってもらいたい」ところである。今回の対応ばかりは、さすがに腹に据えかねている。
livedoor 天気
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
Amazonライブリンク
  • ライブドアブログ