多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

35回目

2020.6.21 本日の〆はほだひなw 「天気の子」35回目鑑賞記

新作2作品は、案外な部類に列せられることとなった。
たまあに「自分だけがそう思ってる?」と、Yahoo!レビューなども確認するが、少なくともこの2作品に関しては、自身の見立てである「なんかモヤっとする」ファーストインプレッションは正しいと知らされる。

〆に「天気の子」を持ってきたのは、時間帯のせいではなく、そういうスケジューリングにして、リセットしたかったからという部分が大きい(ちなみに「君の名は。」は朝イチ回と夕方回。「天気の子」は昼一回と夕方回。よって、君縄がトップに来たのは時間帯のせいである)。

館内は、男女ソロ一人ずつ(言わずもがな、当方が男性ソロの唯一人)、カップル二組、そして男性20代後半3人組。彼らが私の後ろの列に陣取ったので下手に動けなくなったのだが、いざ映画が始まってしまうとそんなことはすっ飛んでしまう。

ここ数回の鑑賞での当方の動きは実におとなしいものだ。ちなみに5/31の前回は、とうとうすべてのシークエンスで泣くという感情の発露が一切見られず、オーラスの「大丈夫」の流れるラストシーンですら、涙腺はほぼ反応しないのだ。
しかし、今回は、ちょっと様子が違っていた。
ラブホテルで抱き合うシーンはすごくしんみりしたのだ。帆高が言う、「陽菜さんはいなくならない」というセリフがガツンっと響いたのだ。
そうなると、山手ランニングも結構こたえてくる。ちなみに以前zip!でのアフレコ秘話が公開された時、帆高役の醍醐君は、なんと、このシーン収録の際、事前にスタジオ周辺を走って、息も荒々しい状態で録音に挑んだとわかって、「演じるってこういうことなのか」をまざまざと見せつけてくれた。そうした裏話を知ると深みがより増してくる。
そしてグランドエスケープ。帆高のどなりがストレートに刺さる。
「青空よりも、オレは陽菜がいい。天気なんて、狂ったままでいいんだ!」
これがあの危機的状況で言える帆高。そして、例の「雲レイヤー入れ忘れた」シーンでは、実際雲の影が映っているシーンもあるので、この時点で気が付いておくべきだったか、と思わざるを得ない。

ラストシーン。
すべてを達観した私にとって2回目の泣かないチャレンジだったのだが、それは見事に成功した。
なぜ泣かずにしっかり受け止められるのか?帆高に寄り添いすぎないことができるようになったからかな、と思ったりしている。
ただ、「大丈夫」はエンディングをかざるにふさわしい曲として、一二を争う出来であることは間違いない。やはり野田洋次郎はすごすぎると再認識させられた。

一日四本。2本旧作という点を差っ引いても、場内が満席に彩られることは日曜日なのに遂に訪れなかった。実際来場者数は一上映10人平均としても400人程度でしかなく、ロビーが混雑する時間帯もついぞ訪れなかった。それで劇場が回していけるのか?まだまだつらい状況が残ったままの興行界は正念場を迎えていることだろう。

2017.8.18 完全〆縄宣言 35縄目@塚口サンサン劇場

本当は、2017.8.16に回っている店舗訪問の記事が山積みなのだが、こちらを先に仕上げて、確実に完了させたいと思う。

私のアニメーション映画鑑賞は、10代後半に、自身のお金で行くようになってから、で計算しても、30タイトルはくだらない。「うる星やつら」全タイトル/銀河鉄道999全タイトル/ジブリ系はラピュタから千と千尋まで(ナウシカは、リバイバルでスクリーンでも見た。千と千尋以降は全く触らず)、単発もの・ディズニー系も幅広く抑えてきたつもりである。
しかし、いずれも一度見てそれっきり。いや、映画なんて何度も見るもんじゃない、とまで自身で規定していたかのようである。
ところが、全ての概念/掟/感情を打ち砕く作品が現れた。それが「君の名は。」だった。
2016.10.1の初見でその世界観に引き込まれ、疑問を解決すべく、生涯初めて複数回鑑賞。だが、それでも疑問は、解き明かしたい謎は深まるばかり。2017年に入り、ようやく「そうだったのか」が少しずつ明らかになり、三葉の処遇や根幹部分をえぐりだせたのは3月に入ったころ。2月は毎週のごとく劇場に向かい見ていたのが記録に残っている。

大規模公開が終わり、円盤発売までの端境期に上映していたシネピピアの存在で、君縄ロスを発症せずに済み、7月は他のタイトルも含めて10回スクリーンに対峙する記録も打ち立てる。
そして迎えた8月。
塚口サンサン劇場の一週間限定上映は、僥倖以外の何物でもなかった。そして何といっても、これが終わると、「劇場」と名のつくところで見ることは国内ではほぼ不可能となる(8/25まで延長しているところこそあるが、それで完全終了)。

大規模公開当時の関西最終といえる、T・ジョイ京都の最終回には参加しなかった。終電に近いこと/経費もばかにならないことが足を遠のかせたわけだが、今回は逆に「最終回に行ってこそ、完全に〆られる」との思いの方が強かった。

かくして最終回に臨む。劇場・塚口には早くも4時半には到着。さっそくラスト回を買い求め、その時点で42人(私が43番目)買っていることを確認。雄大な時間つぶしも、「そこにダイエーがある」おかげでそれほど困らず時間を使える。
7時過ぎに劇場待合室に。実は、ここは、いわゆる「ロビー」というものが存在しない。チケット販売場所の隣がいきなりもぎり場/コンセッション発売場所であり、実にせまっくるしい。待合は地下に別であり、そこで少しだけ座って時間つぶし。
7:30には、劇場前(歩道)に。販売状況は遠目からでも確認できるので実にありがたい。同時期に上映のもう一本は「鋼鉄ジーグ」だったりするが、これも意外に買っている(20人弱程度だが)。7:50頃にちょっと覗くと86名という表示。それからでも次々買われていったので当方試算は100人弱とする。

観客の中身は「ものの見事に」おっさんだらけ。当方はいつものように上着/ネクタイ着用の正装で臨むわけだが、会社帰りと思しき軽装のサラリーマン風の人も多い。とはいえ、何度も書いているが、全世代に訴求し、激しいリピーターを生んだからこその1900万人超/250億円だったのだ。もちろん、初見と思しき人はおらず、最低でも数回はスクリーンに対峙した人がほとんどではなかろうか。
夫婦/カップルも散見。金曜日のラスト回で安く見られるところもあるのだろう。20代前半の、いわゆる本来の主観客層の人もいるにはいたが、比率は低め。平均年齢は40歳前後、男女比は2:1で男性優位とする。

「私は、いや、日本国民は、とんでもない映画に巡り合ったのかもしれない」。

この感想を言い続けて8カ月。結果的に邦画2位という記録を打ちたてたわけだが、遠征組も何人か認められる中で、この作品のもっているポテンシャルの高さは、今までのどんな映画をも凌駕するものを持っている。それは何か…作劇的には大団円であること、演出的にはベタでありつつも感動できたこと、劇伴の能力の高さ/歌詞のもつ凄み、演者の鬼気迫る演技…ほぼすべてが高い位置でシンクロし、響き合う・・・「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、又繋がり…」まるで組紐のごとく、作品が出来上がっていることに気づかされ、又感動するのである。
伏線だらけだったわけだがすべてが回収されている。特に「夢灯籠」からの「なんでもないや」につながる、恐ろしいまでの歌詞による伏線効果。これに気が付き、大感動できる素地が出来上がってしまった。もう、ここまでの作品は、簡単に作られないだろう。

比較的、感情の発露の少なめだったラスト回。「拍手はありやなしや」と思いきや、パチ…パチで尻すぼみ。苦笑しながら帰路を急ぐことにした。
月別アーカイブ
livedoor 天気
「livedoor 天気」は提供を終了しました。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ